「オレがいないと何事も上手くはいかない」と立場を越えて社内を牛耳る「オレオレ人間」、これもまた一つの「es」が自我に働き自我が異常に肥大した結果なのかもしれません。
この人は本質的には独立して経営者となるべく人なのかもしれません、しかし例え独立しても自分では事業を興さずに他社の顧問や役員になりたがるのです。
社員を集めて組織を持つ経営者と彼らと何が異なるかというと「権力は持ちたいが責任とリスクは負いたくない」ということです、実に自身に都合よく他者の陰で世渡りしようとする厄介者です。
給与はそこそこでもよく自分が中心で組織が動くことに堪らない興奮を呼び起こすのです、そう「es」が自我に働きかけているからに他なりません。
業務フローを自分がいないと機能しないようにいつの間にか勝手に作り上げてしまい、それに関しては社長でさえ口を出すことはできません、何故ならその人の機嫌を損ねると組織が機能しなくなってしまう恐怖を植えつけられてしまっているからに他なりません。
「経営の鬼神」と言われる「ハロルド・ジェニーン」は著書の中で「オレオレ人間はアルコール依存症よりも企業に対する損失があまりにも大きい」と述べています、アメリカでは一時期アルコール依存症が大きな社会問題となったことがあります。
経営者は何が最も尊ぶべきかを考え会社の為と大義名分をもって「オレオレ人間」を排除しなくてはなりません、この結果なのか「オレオレ人間」は短期間で次から次へと企業を渡り歩くのも特徴で経歴や実績を詐称する人もいます。
困ったことに最初はバリバリ仕事をしているように見せかけるので情熱的と感じてしまうのも共通点です、しかしバリバリ仕事をこなしているのは完璧なまでに自分の居心地良い環境を作っているからに他ならないのです。
失敗しても良い、
失敗から生まれたものなど幾らでもある。
意図してそうなるようにした、
と考えれば一つの成功である。
新しい経験が増えたと考えれば安いものだ。
勝ち続ける人なんてこの世にはいない。
失敗は失敗で謙虚に受け止めることだ。
失敗を笑う人もこの世にはいない。
自分が笑われていると勝手に思い込んでいるだけだ。
周囲はそれほど一人の人に注目していない。
失敗は謙虚に受け入れる、
そしてそれを成功の糧にすればよい。
※耳順(じじゅん)とは、孔子論語の「六十にして人の話しを素直に聞けるようになった」という節を起源とする60歳代の呼び名である。
私のロジカルシンキングの前提に在るのが常に「決定」です、新しい事業をロジカルシンキングする場合に必ずネックとなるのが事業資金や人材の問題です。
普通の人は最初の準備に係る費用や事業資金を自身では用意できないとなると全てを諦めてしまいます、ところが私の場合のロジカルシンキングでは事業資金が潤沢に有ることを前提にして行われます、つまりこれが前提に在る決定という意味です。
頭の中では何時でも大きな事業を興すシミュレーションが行われます、そしてキャッシュポイントや収支計画も同時進行で行われています。
こうしてロジカルシンキングによって生まれた新規事業を本当に行うのであれば、ここで初めて事業資金と人材をどう確保するかを具体的に考えればよいだけとなります。
そしてまた、事業資金や人材を確保する方法も別の同時進行で行われるロジカルシンキングによって作り上げられているわけです。
こんなことを繰り返していると、どんな大きな事業でも不可欠な資金や有益な人材が必要な事業でもロジカルシンキングしていること全てが現実に具現化してくるのです。
ロジカルシンキングの精度が上がってきている現在では私の頭の中で多くの明日起こるべく事象は全てが過去の出来事となっているのです、事業を行う上で成すべき準備とは実はこれが最大の決定の上でのロジカルシンキングというわけです。
だから人事などの組織化もサイトなどのバックヤード構築も全てが事業開始の数年間も前に用意できるのです、動き出したら何も考えずに没頭できる事業推進の爆発力はとてつもなく大きなものとなります。
野心を持てば陰がこもる。
陰がこもれば成功しても暗躍でしかない。
陽光の下で成功したいのであれば輝く志を持つことだ。
※長いビジネス人生、多くの人と出会い、多くの善悪を学びました。
人は旅に出てはじめて、
住み慣れた場所が一番心地よいと気付く。
それを再確認する為に旅に出る。
環境変化を求める時は不満足な心境の表れである。
※長いビジネス人生、多くの人と出会い、多くの善悪を学びました。