2025年5月13日 06:00
何が愉しいのか辛いのか。
この価値観の不一致ほど負の連鎖を生じさせるものはない。
他者の未来構想を聞いて自身の将来ビジョンを思い描く。
経験した事がない別世界の知識とノウハウを学べる。
自分の個性と客観的に向き合うことができる。
そして同じ時空間を過ごして信頼を高め合う。
私はこれほどの愉しみも喜びも他には無いと思う。
そんなことより今この瞬間の気分だけを思考しては、
愉しいのか辛いのかを判断する人がいる。
打算的な損得勘定だけで、
他者の貴重な時間を奪い愉しめないことに散財する。
価値感の不一致はどんなに歩み寄ろうとしても、
互いを理解し信頼し合えることは永遠にこない。
愛情を嫌悪に愉しみを辛さと感じるのだから。
一緒に歩むことができない典型的な人であり、
双方にとって距離を置くのが懸命である。
互いの苦楽を共通認識として共に愉しめない人と、
同じ方向を向いて同じ夢を語れる日は永遠にこない。
100歩譲ったとしてもビジネスライクが精いっぱいである。
※従心(じゅうしん)とは、孔子論語の「七十にして心の欲するところに従えども矩 (のり) をこえず」という節を起源とする70歳代の呼び名である。