2025年4月18日 06:00
「苦楽楽楽」
苦しみを楽しみ、
楽しみも楽しむ。
嫌な事も辛い事も捉え方一つで楽しみに変わる。
「陰を陽に変える」
嫌な事や辛い事象の中に善い事象を探すことだ。
陰だけの事象も陽だけの事象もこの世には無い。
何事も必ず陰陽一体で齎される。
※従心(じゅうしん)とは、孔子論語の「七十にして心の欲するところに従えども矩 (のり) をこえず」という節を起源とする70歳代の呼び名である。
2025年4月18日 06:00
「苦楽楽楽」
苦しみを楽しみ、
楽しみも楽しむ。
嫌な事も辛い事も捉え方一つで楽しみに変わる。
「陰を陽に変える」
嫌な事や辛い事象の中に善い事象を探すことだ。
陰だけの事象も陽だけの事象もこの世には無い。
何事も必ず陰陽一体で齎される。
※従心(じゅうしん)とは、孔子論語の「七十にして心の欲するところに従えども矩 (のり) をこえず」という節を起源とする70歳代の呼び名である。
2025年4月17日 06:00
「ビジネスは形に拘り生き方は形に拘るな」
経営者としての一環とした私の哲学である。
「お金の為なら何でもやる」
覚悟を表しているようでも相手には何も伝わらない。
ビジネスは自身のスタイルに誇りを持つべきだ。
そして生き方は自分の気持ちいいことだけをやることだ。
そこに何らの拘りなどは不要である。
自然に身を置き素直に生きれば拘りなど無用のものとなる。
※従心(じゅうしん)とは、孔子論語の「七十にして心の欲するところに従えども矩 (のり) をこえず」という節を起源とする70歳代の呼び名である。
2025年4月16日 06:00
人脈の多さを誇るのに、
何故いつまでも社長だけの単身企業のままなのだろう?
自分の知識を周囲にひけらかすのに、
何故誰からも頼りにされないのだろう?
他の何よりも家族を優先しているのに、
何故家族の中にいて孤独感を味わっているのだろう?
どうも表示している姿とは現実を否定するように、
陰陽真逆に表示しているように思えてならない。
※従心(じゅうしん)とは、孔子論語の「七十にして心の欲するところに従えども矩 (のり) をこえず」という節を起源とする70歳代の呼び名である。
2025年4月15日 06:00
明日は重要な商談があるから早く寝ようとか、
身体の調子が悪いからお酒を飲むのを控えようとか、
貯金が残り少ないから節約しようとか、
私は昔からそういう感覚に囚われたことがない。
寝不足だから商談がまとまらなかったことも、
お酒を控えたから元気を取り戻したことも、
節約したからお金が貯まったこともない。
人生とは押し並べて成るようにしかならない。
だったら市井の感覚に囚われて生きたいとは思わない。
何事も他者に翻弄されずに自分の思うように生きて、
成り行き任せで愉しく生きた方がはるかに有益だ。
完璧に計画しても状況が変われば意味を成さない。
対して成り行き任せは状況変化も臨機応変にすり抜けられる。
※従心(じゅうしん)とは、孔子論語の「七十にして心の欲するところに従えども矩 (のり) をこえず」という節を起源とする70歳代の呼び名である。
2025年4月14日 06:00
突然のように湧いてくる疑問。
誰のためにこんなに頑張っているのだろうか?
自分の人生って誰の為にあるのだろうか?
自分は幸せなのだろうか?
こんな愚問は幾ら考えても答えは出てこない。
来るべき時が来れば自ずと答えは出るものだ。
それが結果というものであり結果がでないうちは、
ずっと疑問や不安が脳裏をかすめるものだ。
まして結果とは努力や気合いだけではでない、
人は一人では生きているのではないのだから。
※従心(じゅうしん)とは、孔子論語の「七十にして心の欲するところに従えども矩 (のり) をこえず」という節を起源とする70歳代の呼び名である。
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