目の前に広がる景色。
それは本当にそこに存在するのだろうか?
大きな目標を立てる。
それは本当に成し得るものなのだろうか?
もしかして幻想を描き、
追いかけているのではないだろうか?
でも幻想であっても後悔はしない。
追いかけた自分は確かに存在しているのだから。
動いた経験はしっかりと残る。
何かを追い求めるときは幻想であろうが関係ない。
自分の行動した結果は経験で得られた果実。
それが最も尊いものだから。
※耳順(じじゅん)とは、孔子論語の「六十にして人の話しを素直に聞けるようになった」という節を起源とする60歳代の呼び名である。
世の中のことをあれこれと指摘する人がいます、世の中の仕組みや制度などの欠点を探してはどうでもいいような不満をぶつけるのです。
「自分ならもっと賢い方法を考えるのに」と言わんばかりの上から目線の発言が、逆に有識者には子供が駄々をこねているのと同じように映って仕方ありません。
SNSなどで社会の不都合さを自身では凄いと思って発言している人がいますが、世間知らずの人が多々存在するのには驚きます。
はっきり言っておきますと、世の中の多くの仕組みや制度は意味も理由もあってそうなっているのです、ただなぜそうなったのかを開示していないだけです。
それを行うことでのマイナス面も当然あります、でもそれを行わなかったマイナス面よりも行ったほうのマイナス面が少ないのであればリスクヘッジの観点で導入するのです。
例えば、コンビニやファーストフード店のマニュアル化した接客には不満も当然あるのですが、その前に「なぜ、それでも導入しているのか?」という理由を正確に把握することが肝要です、商品もすべてそうです、意味と理由が在ってそうなっているのです。
他者の欠点をあれこれ探して自己陶酔しているようでは天地がひっくり返っても成功者にはなれません、そもそもの思考の視点と向きが成功者のそれとは180度違うからです。
正しいロジカルシンキングには見えない部分に隠された正しい情報を得ること、これは成功者になるためには必須事項です、何故なら正しくない情報を基にしたロジカルシンキングも同様に正しくない結果を齎すからです。
それにしても上手くいかない人というのはどうしてビジネス成功者から一様に嫌われては距離を置かれてしまうのでしょうか、他者の欠点を見つけるのだったら自分の欠点探しから行ってほしいと思うのです、その方が将来的に見てはるかに有益です。
世の中の仕組みや物事の根幹を理解してない人の独善的で上から目線での発言ほど不愉快にさせるものは他にありません、無知なる不満発言は正直言って罪です、不満があるなら自分の中にだけ抑えておいてほしいものです。
世の中に疑問を感じたら徹底的にロジカルシンキングしてほしいのです、「何故そうなっているのか」、「何故面倒で不満を持たれながらも継続しているのか」と。
そして、物事のマイナス面に焦点を当てるのではなく、それを行うことや使うことでのメリットをロジカルシンキングするようにするとその先に在る正確で有益な事象が浮かび上がってきます。
疑問を感じたらポピュラリティを得ている事実を真摯に受け入れ認めることです、そうしなければポピュラリティを得ている本当の意味と理由を一生得ることはできません。
結果的に自身のビジネスにそれを応用することさえできないのです、だから何時まで経っても上手くいかないのです、実に簡単で明確な理由がここに在ります。
策が無いなら何もするな。
策が無い時の最良の方法はぎりぎりまでの時間稼ぎである。
「無策の策」とはこういうことだ。
※長いビジネス人生、多くの人と出会い、多くの善悪を学びました。
「ダイヤモンドはダイヤモンドで、
人は人によってしか磨くことはできない」と言うが、
磨かれる覚悟が無ければボロボロにされるだけだ。
覚悟の無い自分磨きは常に傷ついて終わる。
※長いビジネス人生、多くの人と出会い、多くの善悪を学びました。
昔から見かける夜の帳の一時のヒーロー&ヒロインは短期間に連日のように朝まで各種の店を転々と飲み歩きます、一時的にも連日ともなると流石に界隈で知らない人はいないほど有名になっていきます。
寿司屋に始まりスナックやショットバーなど何処に行っても見かけるようになります、そして長くて2年ほどで姿を消していきます、そんな人は昔から大勢いるので店側も「時の人」と解った上で消える前にできるだけ来てもらおうと大サービスするのです。
さて彼らの資金源は何処からきているのかというと多くはこれまでに貯め込んだ貯金です、また親から相続して一時的に裕福になった人もいます。
この人達はおそらく若いころに仕事が忙しいのか遊びを知らなかったのか仕事一筋に生きてきた人達です、それが何かの弾みに「es」が自我を呼び起こしてしまうのです。
ちょっとした付き合いで初めて連れてこられたスナックやクラブ、今まで味わったことがないほど新鮮な空間と時間が余程楽しかったのでしょう、「こんな世界がこの世にあるなんて」という思いだったに違いありません。
「es」によって点灯した炎は燃えつくすまで消えることがありません、そこで連日連夜飲み歩くようになってしまうのです。
気が付いたときには貯金はゼロになり目が覚めて止められる人は幸せです、しかし「es」が強い人はローンでお金を借りてまで維持しようとします、そしてサラ金に闇金融と手を出していきます。
その後この人たちはどうなっていくのでしょうか、突然のように街から消えてしまうのでその後の人生がどうなったのかは誰も知る由もありません。