自覚することなくマイナス言葉をつい使ってしまう人がいる。
本人は素直に表現しているだけなのだが、
言われた人や周囲は嫌な気分になってしまう。
悪い人ではないが一緒に居て愉しいとは思わない。
結局いずれは遠ざけるようになってしまう。
結果的に信頼関係を築けずに孤立してしまう。
だから何事も上手くいかないのは当たり前である。
マイナス言葉はすべてプラス言葉に言い代えできる。
マイナス言葉が放つ負のエネルギーは極めて強力である。
今からでも遅くはない、
不必要にマイナス言葉を人前で使わないことだ。
※従心(じゅうしん)とは、孔子論語の「七十にして心の欲するところに従えども矩 (のり) をこえず」という節を起源とする70歳代の呼び名である。
個人信用スコアの無料サービスが定着してきた。
自身の信用力を確認できるという金融機関主導の無料サービスである。
ただ昔から「ただほど怖いものは無し」と言われるように、
どんなサービスでも無料には相応の裏が在るのは事実。
サービスを無料で提供する代わりに、
個人情報の収集に使われている事実は公表されていない。
SNSやチャットなどの無料サービスも同じこと。
オリジナル情報であっても著作権はサービス提供会社に帰属する。
自立した良識ある大人であれば、
無料でサービスを受ける代わりの代償を考えることが肝要。
自身にとって価値が有ると思った事には躊躇せずお金を払うことだ。
お金を払うことで未来の憂いが消えるなら安いものだろう。
※従心(じゅうしん)とは、孔子論語の「七十にして心の欲するところに従えども矩 (のり) をこえず」という節を起源とする70歳代の呼び名である。
Do not add anything, do not draw anything.
「何も足さない、何も引かない」
イギリスのケンブリッジオーディオ社のポリシーである。
アンプは入ってきた信号を質を変えずに増幅して、
スピーカーを駆動するのが使命。
優れたアンプはスピーカーを選ばない。
個性的な音がするのはスピーカーの個性。
個性をそのまま引き出すのが優れたアンプ。
アンプはアンプの使命に忠実に生きることだ。
人間もまた同様に。
使命に忠実に生きれば自分も周囲も幸せになる。
「ポリシー」とは解りやすく言えば「使命」そのもの。
自身の使命に気付きもせずして日々平々凡々と生きる人が、
成功したいなどと夢を語るのは以ての外だ。
※従心(じゅうしん)とは、孔子論語の「七十にして心の欲するところに従えども矩 (のり) をこえず」という節を起源とする70歳代の呼び名である。
アルコール飲料を一切出さない喫茶店を純喫茶と呼ぶ。
その昭和ノスタルジックな純喫茶のランチメニューは、
どの店でもほぼ同じで50年以上何も変わっていない。
カレーライス・ナポリタン・ピラフ、
またその店の味を出せるサンドウィッチの数々。
変化球としてドライカレー・ミートソース・ホットサンドがある。
50年以上変わらぬメニューでも常連客が多数いる。
理由はいつ食べても飽きのこない味だからだ。
逆に食べることができなくなっても惜しまれる味でもない。
つまり押し並べて無難な味だということだ。
だから喜ぶ客もいないが文句を言う客もいない。
したがって確実に利益が取れるメニューということだ。
こういうメニューを鉄板メニューという。
妙なプライドで素材を厳選して手間をかけても、
利益にならなければビジネスとしての価値は皆無である。
飲食店を経営するなら鉄板メニューを作り上げることだ。
この思考は全ての業種に応用できる哲学でもある。
※従心(じゅうしん)とは、孔子論語の「七十にして心の欲するところに従えども矩 (のり) をこえず」という節を起源とする70歳代の呼び名である。
ロジカルシンキングという発想力を鍛える手法がある。
これは直訳すれば論理的思考である。
ロジカルシンキングを有益に使えるのが経営戦略や事業計画、
そして特許のアイデアや技術的解決である。
目的を明確にしたシミュレーションと言えば解りやすい。
対して空想はただのファンタジックな想像に過ぎない。
ただ私の場合だけかもしれないが、
ロジカルシンキングと空想の区別がつかないときがある。
特に休日の昼下がりにビールを飲みながらのジャズ鑑賞。
頭の中にはいろいろなビジョンが複数同時に沸いてくる。
多くは戯れごとだと思っていると、
数日後に特許に係るアイデアに繋がることもある。
また水際で大損失に繋がる事案をストップさせたこともある。
だから頭が暴走を始めたら放置することにしている。
こんな自分に慣れているのか対処法は心得ている。
ただ弊害は数日間ゆっくり眠れなくなるということくらいか。
※従心(じゅうしん)とは、孔子論語の「七十にして心の欲するところに従えども矩 (のり) をこえず」という節を起源とする70歳代の呼び名である。