昔アクアリウムにはまっていた頃は毎週日曜日になればアクアリウムショップに新しい熱帯魚や水草を求めて通いました、そこで「うん?」と違和感を感じることがあります、それは何かというと大型熱帯魚の生き餌として与えられる小型の金魚やメダカが食べられるのを見て「可哀そう!」と叫ぶ女性の声です。
フナやドジョウは「すごい!」と言って見ているのに何故金魚やメダカだけが可哀そうと言うのか意味不明です、どれも生き餌として養殖されている小魚です、自分が毎日のように食べている畜産された牛や豚と何も変わりません、見た目の姿形だけで感情が左右されるという筋が通らない思考の持ち主の典型的な例だなと思うのです。
さて横道にそれましたが大自然の中でスローライフを愉しもうとすると都会では考えられないことが多々あります、先日は本丸で自生している竹藪を整備していて両腕を蚊に22ヶ所も刺されました、蚊は大したことないのですがブユ(ブヨ、ブト)がやばいです、たった1ヶ所ですが2週間腫れて痒みで苦しみ1ヶ月経っても跡が消えません。
でもこれが自然と共に生きるということです、野鳥や綺麗な蝶は来てほしいけどヘビや虫は不要とは言ってられないのです、何故なら植物も動物もこの自然の中で共生しているからです、虫がいなくなれば野鳥も来なくなりヘビがいなくなればネズミが増えるのです、すべてがバランスを取りながら太古の時代から自然を守ってきたのです、自然のバランスが崩れるとしたらそれは人間のエゴで自然を変えようとしたときです。
先のブユもこの環境に綺麗な湧き水が在るという証です、ブユは澄んだ水が無いと繁殖できません、そしてアユやヤマメの餌としても重要です、逆にブユの幼虫は水中でアユやヤマメの排せつ物を分解して水が汚れるのを抑えてくれます、このように自然とはすべての生命体が順に命を互いに繋ぐように仕組まれているのです、そこに人間が割り込んで変えるべきではないのです。
近くに綺麗な湧き水が在るからブユがいるのです、畑に有益なミミズがいるからモグラがいるのです、餌となる果樹があるから野鳥や蝶が集まるのです、自然とはこういうことなのです、その中で人間は自己都合で自然を我が物にするのではなく受け入れてもらえるように振舞う必要があると思うのです。
先週も本丸の梅を収穫しました、今回で3度目の収穫ですが重さにしてこれまでの倍の約20kgを収穫しました、3回分合わせて計40kgほど収穫しましたがこれでも本丸に毎年成る梅の量の20分の1以下です、本格的に徒長枝を剪定して管理したらいったいどれほどの梅が収穫できるのでしょうか。
それはそうと本丸のリノベーションをメインでやっていただく業者さんと時々電話で打ち合わせを行っているのですが、先週末に連絡したついでに梅がたくさん成っており次回は2週間後になるのでその前に落下してしまうと思い「物件に在る梅ですがよかったら自由に収穫して使ってください」と言ったら意外な返事が返ってきたのです。
ちょうど先週大工や電気設備士と現地で打ち合わせしている際に「こんなに大きくていい梅たくさんできているのにもったいないね、良い梅酒造れるよ」という話になり私に収穫していいか聞こうと思っていたところだと言うのです。
収穫できずに自然落果で土に返すくらいならみんなに食べていただいた方が余程有益ですので大歓迎な申し入れです、毎年こうやって時期になったらリノベーションで世話になった業者さんや近所の人に分けてあげたいと思います。
梅で広がる人の輪、どうしようと思っていた梅ですが意外にも有益に活用できそうです、昔から「人が集まるところに幸多し」と言います、こうやって広がる地元の輪ってすごく大事です、田舎暮らしで最も頼りになるのは近所の人たちなのですから、それぞれが持っているものを与え合って生きる、まさに私の理想の人間関係をこの地にも築けそうです。
今年の5月連休はこれほど多忙になるとは予想できませんでした、昨年は5月連休を挟んだ2週間はスローライフの前倒しよろしく実にスローなる道楽事を存分に楽しめたのですが、一転今年はグローバル展開も相まってアメリカと台湾の会社との商談やらメイン事業会社からの隠居を目前とした引継ぎやらクライアントとの会食やらで1日も休みが取れなかったのです、これはビジネス人生の中で初めてのことかもしれません。
そして更に連休明けも先週末まで一日も休めることはありませんでした、「春前が最も寒し」と言うように「隠居前が最も忙しい」のかもしれません、まあそれもようやく今週辺りから徐々にゆっくりできそうな感じがしてきました、怒涛の如く流れた多忙の波が静まりかけています。
そんな一日も休めなかった多忙を極めた今年の5月連休ですが、連休の中日に突然のように降って沸いてきた実に現事業とリアルタイムにマッチングする特許アイデアがあります、面白いものでいつも特許性のアイデアは多忙のリズムと同期するのです、人間の脳は多忙さを極めるとノルアドレナリンが出るのか危機回避しようと脳が一気に活性化するようです。
つまり完全なスローライフに入ったらきっとどんどん脳は老化していくのかもしれません、その予防の意味で多くの道楽ビジネスを立ち上げています、稼ぐ必要のない道楽ビジネスでも如何にコストを抑えて効率よく行うことができるかなど実に多くのソリューションを行わなくてはならないのです、「多趣味な人はボケない」と何かで読んだ記憶がありますが本当なのかもしれません。
東京のラボ1号のベランダや拠点オフィスの庭や畑で植物に囲まれている現在、四季をものすごく強く意識するようになりました、ビジネスの世界に身を置いていると季節ごとの寒さ暑さは当然意識しますが季節によって生活行動が変わることはほぼありません。
それが植物と接しているとそうはいかないのです、寒くなれば寒さ対策や植物の調子によっては植え替えや剪定もします。暖かくなって芽が吹きだせば土の中の栄養素のことを考えなければならないし水やりの回数もどんと増えてきます。
何よりも植物を意識するのが新しい葉が出てきたり花が咲いたりして姿を変えるときです、特に春と秋の変化は大きいので本当に毎日眺めても飽きがきません、また鉢が小さくなったことや不要な脇枝が伸びすぎたことなどを心配してしまいます。
20代から30代後半までマンションのベランダや室内で観葉植物をたくさん育てていましたがこれほど四季を意識することはありませんでした、この歳になってまさか四季をこれほど意識し翻弄されて生活するようになるとは思いもしませんでした。
でもこの四季の気温や湿度、そして匂いを感じながら悠々自適に生きられるなんて幸せなことだと思います、自然と共に生きるとはこういうことなのかもしれません。
人口に対する65歳以上の高齢者率は年々増加し全国平均で40%に迫る勢いですが地方都市はこの比ではなく既に50%以上のところもあります、ここ安住の地でも約50%となっており事実周辺は高齢者家族ばかりです。
リノベーションを依頼している各種業者もほとんどが60歳以上で最高齢は工事の指揮を執っている棟梁で現役の84歳です、でも肌艶はいいし健康そのものです、また皆さんアイデアも豊富で話を聞いている以上は若々しいしゃべり方で年齢をまったく感じさせません。
街の中心部を歩いてみても若者は都会に出て行ってしまうようで20歳代から40歳代の人をほとんど見ることがありません、多くの地方都市がこんな感じなんだろうと推測できます。
そんな高齢者社会においてのスローライフを思い描くのですが高齢者の世話を高齢者が行うような社会になっていくのだろうと思います、まあそれはそれである意味においてはパラダイスなのかもしれません、同じ年代というのは何故か親近感が沸き話も合いますから争いも少ないのだと思います。
そして地方の良いところは与え合う文化が定着しているところです、それぞれの持っているものを持っていない人に分け与える文化は故郷で経験しているので本当に素晴らしい世界だと思います、まだここに住んでいないのですが既に野菜やフルーツなど多くのものを頂きました、だから私もレストランで作ってもらったグリルや地方では手に入らないようなものをお土産に持ってきます。
ここに安住しスローライフが始まったらいったいどんな世界が広がるのでしょう、少なくても周囲は高齢者ばかりですが不思議と不安はありません、地方の高齢者は本当に皆さん元気で逞しく頼りになるのです。