私は若い頃は頻繁に引っ越しをしていました、大学時代に2回、社会人になってからは長くても2年で引っ越ししていた感じです、そして引っ越すと必ず休日のランチと家に帰る前に寄るバーやスナックを開拓します、そして馴染みの酒場が見つかるとここの住民になったという意識が強く芽生えるのです。
そんな意味では地方オフィスとなった当時の理想郷へのリーディング拠点は3回目の春を迎えます、1年目の夏に工事が始まると同時にガーデニングや野菜の栽培を始めましたので東京へ帰る際にスタッフとお疲れ様夕食を行う寿司屋を開拓しました、ただ帰宅前に寄るような飲み屋さんはこの2年間開拓の機会が無かったのです。
しかしチャンスとは突然のように訪れるのです、先日古稀を迎えた2日後に初めて地元の人が集うスナックに本丸の工事をお願いしている業者の人に連れて行ってもらいました、その日は3人の工事業者さんと初めての飲み会にお誘いを受けスタッフ2名と共に参加しました。
街中華屋さんの個室で宴会を行い、2次回に駅そばのスナックに行きました、スナックはカラオケができるので若い時から私の大好きな酒場スタイルです、きっと何度か通うたびに徐々に住民意識が芽生えてくるでしょう。
この地のオフィスはまだ仮の宿であって定住の住居ではありません、当初は定住の住居にしようと考えていた物件が工事途中でオフィスに変更し、今度こそ定住の住居だと意識していた本丸がやはり工事途中で気持ちが変わり休憩や宿泊ができる大規模且つ鉄筋コンクリート造りという高級な圃場施設となりました。
この古稀を迎えた地元での飲み会を通して、そろそろ定住の住居をどこかに設けたいという意識が益々強くなりました、強い意識は必ず実現するのです、私は常に何事も自身で動いてやりたいことを実現させてきたのですから。
時間が無いからとかお金が無いからとかいうやらない理由を作っている間はそれは本当にやりたいことではないのだと思います、本当にやりたいことを実現させるときには時間もお金も必要なだけ作るものだからです。
そしてやらない理由を作ってはやりたいことを保留する人はきっとやりたいことを常にどこかで諦めてしまう人なんだと思います、だからいつまでも実現しないのです、やりたいことは何年かかっても諦めさえしなければ必ず実現するのです。
「光陰矢の如し」という諺があります、「月日が経つのは射った矢のように早く流れる」という意味ですが、実はこの裏にある真の意味は「月日が経つのは早いから時間を大切にしよう」という教えが込められています。
私はというと先日還暦を迎えたと思っていたら既に古稀を迎えるに至ってしまいました、先週来愛弟子やスタッフに加えビジネスパートナーにまで古稀のお祝いをしていただき多くの人に囲まれている現在を喜ばしく思います。
思えばこの10年は還暦を迎えた翌年に生業であったIT事業を10年振りに再興し本当に「光陰矢の如し」であっという間でした、そして古稀を迎え「残り少ない未来の時間をもっともっと大切にしよう」という感覚がよりいっそう強くなりました。
「笑っていても泣いて過ごしても平等に時は流れる」という私の好きな歌詞があります、人生の残り時間をこれまで以上に意味のある時間にしたいと思います。
ところで還暦過ぎたら多くの人は終活を意識するようです、しかし私はそれに反発するようにビジネス優先で犠牲にしてきたやりたい事を全て叶えようと逆に元気づいています、そしてこの期に及んで一つ一つやり残した事を実現させていく喜びに浸っています。
理想郷を得た今、自分の思い描いてきたように住居や庭造りを愉しみ、自給自足生活の準備に各種の果樹や何もしなくても毎年収穫できる多年生の野菜作りに励んでいます、身体の疲れや怪我も含めてこの時間が本当に有意義に感じるのです。
「光陰矢の如し」、冒頭の意味の他に「射った矢は二度と戻ってこない」、「時間は一方方向にしか流れない」という側面の宝玉のように光り輝く教えが隠されています、一生の尊さを見事に言い表している諺だと敬服します、二度と戻ってこない時間を本当に大切な人たちと共に過ごしていきたいと思う昨今。
この歳になって幸福な老後人生を送る意味を考える時間が多くなりました、その自問自答の中で悟ったことに高齢者になったら「しなければならない」という意識から解放されることが最優先なのではないかと思うのです。
何時を回ったから寝なくてはとか、何時間寝ないといけないだとか、何時になったから食事をしようとか、何を食べないといけないだとか、いろいろな意識に束縛されることから解放されることが充実した老後人生を歩めるのだと思うのです、そういう意味では究極の意識低い系老人がよろしいかと思います。
寝る時間に関しては眠くなったら寝て眠くないのであれば眠くなるまで好きなことをやっていればいいのです、当然に何歳になっても考え事などで眠れない日もあります、その場合は自然に翌日早く寝るようになります、実に身体機能はよくできているのです。
食べることに関しても腹が減ったら食べたいものを食べればいいかと思います、健康上の栄養素に関していえば身体が自分に必要な栄養素を記憶していて不足している栄養素を食べたいと訴えてきたら素直に応じるようにすればいいのです、それがたとえジャンクフードでもいいかと思います。
健康を考えて日ごろからバランスの良い食事をルーティングして身体に記憶させておくと食べたいものを身体が教えてくれます、その意味では健康を過剰に意識するのではなく自然に健康的なものが欲しがる身体を還暦前に作っておくことが重要かもしれません。
若い頃は嫌というほどの「しなければならない」人生だったし多くの人も同じだと思います、であれば還暦超えたら残り人生を好きなように自由に過ごすことが無理を通してきた自分への褒美だと思うのです、高齢になれば若い頃のように身体も思考も無理は利かなくなるのですから、無理のない老後のスローライフが尊いと思います。
還暦を超え更に年齢を重ねるにつれ各種の老化現象を体験してきます、そんな老化現象の一つに笑い話にしかならないオカルトみたいな現象があります、それは「歯の自然脱落」というものです、これは治療しているわけでもない健康な歯がある日突然痛みもなく抜け落ちる現象です。
先日も1本食事をしていて抜け落ちました、最初は食品に硬いものが入っているのかと思ったら自分の葉だったのです、本当に笑い話のような事実です、痛みもほどんどなく血も出ません、子供の頃の乳歯が抜けるような感じでポロっといきます。
この歯の自然脱落の前兆としては治療を1度もしていない健康な歯なのに痛みもなく急にぐらぐらしてきます、医者に診てもらおうかと様子見しているうちに浮いてきたなと思ったらあっという間に抜けてしまうのです、この間は1ヶ月もありません、2年前にも1本経験しているので今回は特に慌てることもなく受け入れられました。
歯は一番寿命が長い犬歯でも62年です、つまり乳歯から永久歯に生え変わってからの年齢を計算すると70歳以前にほぼすべての歯は寿命を迎えているということです、還暦までは親知らず以外で歯の治療をしたことがない私ですが、流石に自分ではどうしようもできない老化現象に驚きます。
ところで高齢者になって歯の自然脱落を経験しない人は継続的に歯の治療を受けていた人ではないかと思います、歯が丈夫な人ほど治療していないので天然で無傷のまま寿命を迎えます、そして突然ポロっといくわけです。
ケーブルの硬いビニール被膜をニッパー代わりに噛み切ってしまうほど丈夫だった歯に感謝しつつ人工の歯を甘んじて受け入れることにしましょう、そしてスローライフを大いに愉しむためには身体のどの部分にも憂いのない状態を継続させること、これを一番に考える今日この頃なのです。
メインのIT事業法人はこの数年来極めて順調に推移しており先日も新たに関連法人を創出し更に事業拡大を続けています、そんな時ではありますが昨年本格隠居にストップがかかり代表権を残したままでの半隠居となりました、その間に新経営幹部の加入などもあり徐々に私の役割を引き継ぐ環境が整ってきています。
特にこのところはクライアントやパートナー企業との打ち合わせや商談には顔を出さなくても問題なく進むようになりました、予定らしき予定が何もないという週もちらほらとできるようになりました、当面はオフィスには毎日顔を出していますが何もなければゆっくり出社し早めに帰宅しています。
そして昨年の春から金曜の夜に行き日曜日まで理想郷の地で各種の作業を行っています、この間も以前のように毎日メールを見る必要もありません、何故ならビジネスメールの多くは私の代わりに業務別の担当役員がやってくれており重要な判断のみ私がするという程度になっているからです。
こんな日をずっと待ち望んでいたのですが本当に実現するとは思ってもみなかったです、今では担当別の役員がそれぞれの責任で進めています、地位承継は順調に進んでいるようです、これなら時が来れば安心して隠居できるというものです、不安材料を残したまま隠居しても悠々自適には暮らせませんから。
理想郷の地に来ているときは一切のビジネス会話も無いしビジネスに関連した不安も何もありません、こちらはこちらの各種作業に集中できます、ただ時間が自由に使えるようになるとまたぞろ新たなことを始めてしまうのが私の悪癖です、やりたいことが山ほど残っています、さて次は何を始めようかとワクワクしています。