私は起業する前の20歳代中盤から外資系企業にフリーランスのSEとして採用され大いに稼ぎまくりました、その当時に当面使わないお金を回して興味本位で投資型マンションを幾つも買っては売るということを繰り返しては不動産投資を愉しんでいました。
建築前に権利だけ先に買い建設後に即売ることもありました、そしてこういった利益を基に起業したのです、面白いのは住んでいる池袋に2LDKの都内では割と大型のマンションを持っていましたが自分は賃貸に住んでスタッフに無料で貸していたという事実があります。
そして3年前にスローライフの安住の住居として自分で住もうと思って購入した二世帯住居ですが、工事の途中で以前からやってみたかった仕切りのないログハウスに作り変えてしまい結果的にオフィスとして利用することになったのです。
またこのオフィスを活動拠点として今度は隣の市に1000坪という広い果樹園付きの物件を探し出して購入しました、ここを安住の地だと考え果樹園の整備とガーデニングを行いながら住居を作り変えるほどの大規模工事を行いました。
またしても工事の途中で「ここには住まない」というメッセージが降ってきて大きな理由もなく住居から工事内容を変更してしまいました、結局イギリスのホテルのような作りにしたくなり壁を全部取り払って圃場のロッジとして使うことにしたのです。
そして今、自分が住むための住居を探しているのですがなかなかロケーションと住みたくなるような物件が見つかりません、そこで購入ではなく一軒家の賃貸がこの地では少なからずあることを知り戸建ての賃貸物件を探すことにしたのです。
なんと先日賃貸物件でジャスト私の好みの一軒家の賃貸物件を探し当てたのです、ロケーション的にも駅から歩いて4分と申し分ありません、築年数は20年ほどですが内外装を先月オールリフォーム済みとのことでピッカピカの新築のようにとても綺麗です。
部屋も全室が理想的な洋室で外見も洋風です、広い平屋ですが1階部分が駐車場とフリースペースになっていて2階部分が住居になります、外見は2階建てなのに室内に階段が無いという慣れ親しんだマンションスタイルが何とも気に入ったのです。
さてこの物件ですが早々に内見することにしました、気に入れば契約してしまうかもしれません、そしてまたしても自分名義の家には住めないというジンクスが成立してしまいます、でもこれも過去からの流れだと思いますし自分らしいと思います、流れはいろいろ考えずに自然に乗るに尽きるのです。
昨今のパートナーや取引先などとの飲み会で必ず話題になるのが私の完全隠居の時期についてです、本来であれば2年前に隠居予定でしたが周囲の反対もあり執行権は役員に譲り経営権を維持した半隠居ということでここに至っています、既に隠居予定が伸びており環境が整えばいつでも完全隠居したいと周囲には話しています。
ところで話をしている人全員が「完全隠居しないほうが絶対にいい」と言うのです、それは自分の父親や先輩の隠居後の姿を見ているからだと言います、私の隠居後の壮大な計画を誰にも話をしていないので寂しい老後生活を案じて言っていただくことに関してはありがたく受け止めています。
ただ本当にどうなのでしょう、26歳で個人事業主として独立し28歳で起業して以来ずっとIT技術畑の最先端を走りながら事業会社の経営を行ってきました、事業別に最大14社も同時並行して経営していた期間もあります。
自分の中には確かに経済的な事も同業他社との技術や知財バトルも含め、超ハイリスクでまるでジェットコースターのような浮き沈みの激しい人生を自分なりに大いに愉しんできた感があります、これらから一切離れたときに自分の中に何が起こるのかは正直見当もつきません。
思えば私の父も保険会社の役員退職後も待遇を受け参与という立場で毎日出社していました、亡くなった日も普段通りに出社し送ってきた運転手が翌朝悲報を聞き大泣きしたという話を母に聞きました、私も生涯現役という選択肢もあると考えるべきなのでしょうか。
何れにしても新たなIT分野の新事業を今2月に新会社を創設し興してしまいました、こちらは上場企業を含め多くの企業を巻き込んだ大規模な共同事業体になります、当然発足人として立ち上げた大きな責任もあります、そしてこの共同事業体は組織構成などの準備が完了し今月から活動開始いたしました。
この共同事業体の創設を考えたのはそもそも完全隠居した後のことを考えてのことでした、しかし中途半端に完全隠居してしまったら多くの人から口では言わないにしろ反感を受けるかもしれません。
ここにきて自分で興した新事業により完全隠居へ向けた最も難しい局面を迎えるとは思いもよらなかったです、ここはじっくりと考えることにしましょう、そして今は自身の責任をまっとうすることだけに集中し日々元気に愉しく過ごすことにしましょう。
高齢者になるとスポーツを行う愉しみよりも観戦する愉しみのほうに気持ちがシフトしていくようです、その意味ではオリンピックに野球やサッカーなどの世界大会は寝る時間も惜しんで観戦します、この歳になって明日の事を考えずにそれが存分にできるようになったということも喜びの一つでもあります。
そしてついに待望のFIFAワールドカップが先週末に開幕し昨日早朝に日本の初試合がありました、ランキング8位の強剛オランダとランキング18位の日本でしたが2-2の引き分けに終わりました、これは決勝トーナメントに進むために勝ちと同等の価値があります、仮にグループリーグ1位通過なら決勝トーナメントで有利な組み合わせとなります。
FIFAワールドカップのこれまでの日本の最高成績はベスト16です、今回は初のベスト8どころか決勝に進む可能性もあるダークホースと評価しているヨーロッパのスポーツ紙もあります、開幕前の親善試合においてブラジルやイングランド相手に勝利を収めたというのが大きな評価ポイントになっています。
ただWBCのように優勝候補だった日本が8位に終わったということもあります、スポーツはその試合に関してはランキングは関係なく蓋を開けてみないと解らないというのが面白いのです、とにかく全力を尽くして上を狙ってほしいと思います。
私は若い頃は頻繁に引っ越しをしていました、大学時代に2回、社会人になってからは長くても2年で引っ越ししていた感じです、そして引っ越すと必ず休日のランチと家に帰る前に寄るバーやスナックを開拓します、そして馴染みの酒場が見つかるとここの住民になったという意識が強く芽生えるのです。
そんな意味では地方オフィスとなった当時の理想郷へのリーディング拠点は3回目の春を迎えます、1年目の夏に工事が始まると同時にガーデニングや野菜の栽培を始めましたので東京へ帰る際にスタッフとお疲れ様夕食を行う寿司屋を開拓しました、ただ帰宅前に寄るような飲み屋さんはこの2年間開拓の機会が無かったのです。
しかしチャンスとは突然のように訪れるのです、先日古稀を迎えた2日後に初めて地元の人が集うスナックに本丸の工事をお願いしている業者の人に連れて行ってもらいました、その日は3人の工事業者さんと初めての飲み会にお誘いを受けスタッフ2名と共に参加しました。
街中華屋さんの個室で宴会を行い、2次回に駅そばのスナックに行きました、スナックはカラオケができるので若い時から私の大好きな酒場スタイルです、きっと何度か通うたびに徐々に住民意識が芽生えてくるでしょう。
この地のオフィスはまだ仮の宿であって定住の住居ではありません、当初は定住の住居にしようと考えていた物件が工事途中でオフィスに変更し、今度こそ定住の住居だと意識していた本丸がやはり工事途中で気持ちが変わり休憩や宿泊ができる大規模且つ鉄筋コンクリート造りという高級な圃場施設となりました。
この古稀を迎えた地元での飲み会を通して、そろそろ定住の住居をどこかに設けたいという意識が益々強くなりました、強い意識は必ず実現するのです、私は常に何事も自身で動いてやりたいことを実現させてきたのですから。
時間が無いからとかお金が無いからとかいうやらない理由を作っている間はそれは本当にやりたいことではないのだと思います、本当にやりたいことを実現させるときには時間もお金も必要なだけ作るものだからです。
そしてやらない理由を作ってはやりたいことを保留する人はきっとやりたいことを常にどこかで諦めてしまう人なんだと思います、だからいつまでも実現しないのです、やりたいことは何年かかっても諦めさえしなければ必ず実現するのです。
「光陰矢の如し」という諺があります、「月日が経つのは射った矢のように早く流れる」という意味ですが、実はこの裏にある真の意味は「月日が経つのは早いから時間を大切にしよう」という教えが込められています。
私はというと先日還暦を迎えたと思っていたら既に古稀を迎えるに至ってしまいました、先週来愛弟子やスタッフに加えビジネスパートナーにまで古稀のお祝いをしていただき多くの人に囲まれている現在を喜ばしく思います。
思えばこの10年は還暦を迎えた翌年に生業であったIT事業を10年振りに再興し本当に「光陰矢の如し」であっという間でした、そして古稀を迎え「残り少ない未来の時間をもっともっと大切にしよう」という感覚がよりいっそう強くなりました。
「笑っていても泣いて過ごしても平等に時は流れる」という私の好きな歌詞があります、人生の残り時間をこれまで以上に意味のある時間にしたいと思います。
ところで還暦過ぎたら多くの人は終活を意識するようです、しかし私はそれに反発するようにビジネス優先で犠牲にしてきたやりたい事を全て叶えようと逆に元気づいています、そしてこの期に及んで一つ一つやり残した事を実現させていく喜びに浸っています。
理想郷を得た今、自分の思い描いてきたように住居や庭造りを愉しみ、自給自足生活の準備に各種の果樹や何もしなくても毎年収穫できる多年生の野菜作りに励んでいます、身体の疲れや怪我も含めてこの時間が本当に有意義に感じるのです。
「光陰矢の如し」、冒頭の意味の他に「射った矢は二度と戻ってこない」、「時間は一方方向にしか流れない」という側面の宝玉のように光り輝く教えが隠されています、一生の尊さを見事に言い表している諺だと敬服します、二度と戻ってこない時間を本当に大切な人たちと共に過ごしていきたいと思う昨今。