この歳になってつくづく思うことがあります、「捨てる神あれば拾う神あり」、本当に人間関係否それも含めて人生とはこの一言に尽きるのかもしれません。
この人がいなくなると大変なことになる、起業してから四十数年というもの突然経営幹部がスピンアウトして離れて行ったり開発の要がヘッドハンティングされたり幾度となく窮地を経験してきました、でも必ずと言ってよいほど空いた穴を埋める人が突然のように目の前に現れるのです。
どんな人との出会いもそれ以前にはその人とは出会っていないわけです、きっかけが無かったら出会っていなかった人がいなくなったということは出会う前に戻ったということです、つまりこれからも常に出会いのチャンスが幾度となく訪れるということです。
そして重要な人材がいなくなった後にこれまで以上の善い状況にもっていけばどんな離別も必然の離別となります、つまり離別したことによって新たな有益な人と出会い、その出会いによって理郎的な状況に変わるかもしれないのです、だから離別を怖がる必要もないし心配することも何もないのです。
自分だってスピンアウトして起業したし、今よりも高いところを目指してお荷物になる人と離別を選択してきたのです、他者だって同じことで理由があって離別を選択するわけです、気持ちよく笑顔で見送ってあげればよろしいかと思います。
離別が間違っていたと思えば誤りを認めて戻ってくる人もいるし、永遠の別れになる人もいます、それもみな自身が望んで選択してきた結果なのです、自身ですべての結果責任をとれば済む話です。
結果責任をとれない他者依存の強い人は自律できていないのだと思います、そういう人ほど人が去ることに恐怖心を覚えるのです、他者だって自分の人生を全うしているに過ぎません、その人生の中でたまたま出会い同じ時空間を一時期に共有していたに過ぎないのです、そう考えれば出会いに意味があるように離別にも大きな意味があるのです。
何事にも意味と理由があることを理解し真摯に受け入れることによって対象の事象に価値を見出せるのです、そういう人は人生を100万倍も愉しめる人なんだと思います、「捨てる神あれば拾う神あり」、実に前向きな気持ちにさせてくれる響きです。
今年はスポーツの世界的イベントが目白押しです、今月はミラノ・コルティナ冬季オリンピックが開催され日本は過去最高となるメダル数を獲得し幕を閉じました、また6月にはサッカーの世界イベントであるFIFAワールドカップが開催されます、そして来月早々には待ちに待ったプロ野球の世界大会であるWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)が幕開けします。
このスポーツの世界的イベントの中で私のビジネス人生の節目とドンピシャでシンクロしている大会があります、それはWBCです、何と第一回目の2006年から見事にビジネス人生の節目と開催の年がシンクロしているのです。
第一回目の2006年は全社一丸となって上場を目指して公開準備室を設置し証券会社や監査法人と共に上場に向け始動した年です、第二回目の2009年は上場目前で上場企業の傘下に入るというビジネス人生の屈辱ともいえる大きな試練を受けた年になりました。
第三回目の2013年は親会社が上場企業の傘下に入った際に休眠させていた現在のITメイン事業会社を再始動させコア技術の研究を開始した年です、そして第四回目の2017年にはそのメイン事業会社で出資を集い将来の経済基盤となる大規模なコアシステム開発に着手しました。
第五回目はコロナウイルスパンデミックにより1回飛ばして2023年になりました、この年にはメイン事業会社のコアシステム及び関連プロダクツが完成し更に大きな投資を受けて事業が一気に飛躍した年になりました。
そして今回2026年は第六回目の開催となります、既にこれだというシンクロする事象が今年に入り突然のように多発しています、本格隠居を予定していた年なのに隠居に待ったがかかるほど日々刻々と各種の朗報がもたらされています。
こんな感じで今年もWBC開催とシンクロした大きな事象が複数同時に起きるような気がしています、「何をやるかではなく誰とやるか」は私の口癖であり信条です、昨年から新たな極めてクリティカルな人や企業との出会いが多発しています、この年になっても日々ワクワクが止まらないとは本当にありがたいと思う昨今。
ところで今年の夏ごろから本格的なスローライフに移行しようと考えて各種の計画を実施しています、ビジネス人生からの本格隠居に待ったがかかりそうな気配を感じつつもスローライフ移行計画は継続どころか更に発破がかかっています、人生成るようにしか成らないし成るようにすればいいだけの話です、ということでしばらくは2つの人生を同時並行する日々が続くのでしょう。
今年は雪を見ることがないと思っていたら選挙投票前夜から当日にかけ降雪となりびっくりしました、私の故郷の信州では新潟県寄りの地方は大雪が降り山梨県寄りの地方は雪は降らずにかなり冷え込みます、そしてこの山梨県寄りの地方に春直前に降るドカ雪を「上雪」と呼んでいます。
呼び名の由来は調べても解らないのですが信州特有の呼び名のようです、山梨県寄りということは太平洋側に雪が降るということであり上雪は春の訪れとして農作業スケジュールなどの指標としていたのでしょう。
そして選挙といえば高市自民党の歴史的圧勝は予想を上回り単独で3分の2以上を確保しました、比例では14議席も候補者が足りずに他党に議席を回すという55年の結党以来最大数となる大勝利を収めました、果たして消費減税や防衛力強化などはどのようになるのでしょうか。
さて話はガラっと変わりますが、このところ強く思うことの一つに自分の残り少ない人生に意味のない無駄事を持ち込まないというものがあります、要は自身の生活とか道楽含めた愉しみ事に時間とお金を使いたいと強く思うのです。
その意味では付き合いの範囲を極限まで狭めていこうと粛々と準備を開始しています、他者事に関われば嫌が応にも少なからずの責任が圧し掛かってきます、したがってできるだけ将来計画に無関係の人の人生には関わらないでおこうと思っているのです。
この年になると友人知人の多くも高齢者です、隠居して時間を持て余している人が多いのか酒や娯楽のお誘いや相続や財産処分などの相談事が多くなります、還暦までは気安く応じていたのですが押しなべて時間とお金を費やしたうえに厄介事が起きて後々ボディブローのように重く嫌な気分が押し寄せてきます。
こんな自身に意味のないことを繰り返しているとあっという間に貴重な残り人生が削られていきます、その時間やお金をもっと有意義なことに使うことにしたのです、「意味のないお付き合いを止める」、これはスローライフへの第一歩かもしれません。
元社員や若いときからの飲み友達は押しなべて皆さん高齢者の仲間入りです、ITベンチャーを起業したのが43年前なのですから当時の新卒社員も既に還暦を超えているわけです、周囲の仲間が高齢者になるのも必然的な時の流れです。
さてそんな私の周りにいる付き合いの濃薄は別として高齢者たちも大きく2つのスタイルに分かれます、一つのグループは隠居して貯蓄と年金でマイペースに道楽や旅行などで余生を愉しんでいる人たち、そして貯蓄も無く年金だけでは暮らすことができずに未だに働いている人たち、またマイペースにできる自身でビジネスを興している人もいます、飲食店だったりリサイクルショップだったりしますが何れも人を雇って自身は指示役に回って半隠居生活です、この3者は未だに飲んでも嫌味もなく自分らしく老後生活を過ごしている感じがして同じ時を過ごしても疲れません。
ただ私的に絶対にお付き合いしたくないもう一つのグループがあるのです、それは年金だけでは生活できないので稼ぐことを考えているようなのですが自身でビジネスを興すわけでもなく、あくまでも他者の懐を頼っては仕事やお金などを与えてくれるのを待つばかりの人たちです、会えば仕事や借入をお願いされるばかりで自身の不幸な身の上話に始終します。
私も既に高齢者です、冷たいようですが他者の人生のために幾許も無い大事な時間もお金も使いたくはありません、全ての人の人生は若い頃からの選択の結果が常に表面化しているだけなのです、それを真摯に受け止め高齢者になっても他者を頼ってばかりで自分で何とかしようとしない生き方はもう止めた方がいいです、どこからどう見ても本当にカッコ悪いだけです。
年金で生活できないというのであれば生活できる環境を創ることが重要ではないかと思います、家があるなら清算して田舎暮らしをするとか自給自足の生活をするとか、高齢者になったら地域や他者に迷惑をかけないように淡々と静かに暮らすことが尊いと思います、誰のせいでもなく自分の人生の結末です、自分の人生は最後まで他者を頼らず自身で面倒見ないといけないと思うのです。
昨年から始まったスローライフ序章ですが思いもよらない怪我の連続です、昨夏に痛めた右肘と右手首は未だに鈍痛と動かしたときに痛みを伴います、また同時期に発症した左肩の胸郭出口症候群は腕を伸ばすと指先まで電気が走ったような痺れが走ります、どちらも重篤な症状ではないものの常に違和感があり気持ちの面でもよろしくないです。
そして約3週間前には伐採した木の太い枝が地面で跳ねて左足のアキレス腱を強打、その日は歩くと痛みが走る程度でしたが翌日からは歩くに歩けないほどの激痛に変わり大変でした、そんな状況のなかで某東南アジアの国へビジネストリップを決行しました。
痛み止めと湿布薬を大量に持って行きましたが帰国の際に運悪く1時間のディレイが発生、トランジットの空港で乗り継ぎ便の待ち時間が無く重い荷物を抱えながら1キロ以上の距離を全速力で走らされ痛みを飛び越えて左足は完全に麻痺してしまいました、悪化するのではとの不安を他所に強制リハビリ効果なのか帰国翌日には痛みがだいぶ緩和していました。
樹木の剪定では手に毎回のように幾つもの切り傷や刺し傷を作り果樹園を歩くたびに足にも枝の棘で傷を作り本当に満身創痍状態です、でもこれが一つの明るいスローライフへの流れだと考えているのです、つまり雨が止まないことが無いようにこの状況は何時までも続くとは思っていません、特に昨年と今年は私の運気は底辺にあります、ビジネスや経済面での不安よりも身体の軽微な怪我で済んでいて御の字だとも考えています。
子供の頃からとにかく怪我は人一倍多いです、家族全員の怪我を一人で背負っているのではないかというほど怪我をしてきて何度救急車に乗ったか解りません、でもそれで人生が大きく変わったこともありませんし目的は常に達成してきました、そんな人生を持つ私は「怪我は人生を大いに愉しんでいるという勲章」なんて思っているのです、怪我をするような理想の環境を得なければ怪我をすることも無かったのですから。