2026年3月17日 07:00
この歳になってつくづく思うことがあります、「捨てる神あれば拾う神あり」、本当に人間関係否それも含めて人生とはこの一言に尽きるのかもしれません。
この人がいなくなると大変なことになる、起業してから四十数年というもの突然経営幹部がスピンアウトして離れて行ったり開発の要がヘッドハンティングされたり幾度となく窮地を経験してきました、でも必ずと言ってよいほど空いた穴を埋める人が突然のように目の前に現れるのです。
どんな人との出会いもそれ以前にはその人とは出会っていないわけです、きっかけが無かったら出会っていなかった人がいなくなったということは出会う前に戻ったということです、つまりこれからも常に出会いのチャンスが幾度となく訪れるということです。
そして重要な人材がいなくなった後にこれまで以上の善い状況にもっていけばどんな離別も必然の離別となります、つまり離別したことによって新たな有益な人と出会い、その出会いによって理郎的な状況に変わるかもしれないのです、だから離別を怖がる必要もないし心配することも何もないのです。
自分だってスピンアウトして起業したし、今よりも高いところを目指してお荷物になる人と離別を選択してきたのです、他者だって同じことで理由があって離別を選択するわけです、気持ちよく笑顔で見送ってあげればよろしいかと思います。
離別が間違っていたと思えば誤りを認めて戻ってくる人もいるし、永遠の別れになる人もいます、それもみな自身が望んで選択してきた結果なのです、自身ですべての結果責任をとれば済む話です。
結果責任をとれない他者依存の強い人は自律できていないのだと思います、そういう人ほど人が去ることに恐怖心を覚えるのです、他者だって自分の人生を全うしているに過ぎません、その人生の中でたまたま出会い同じ時空間を一時期に共有していたに過ぎないのです、そう考えれば出会いに意味があるように離別にも大きな意味があるのです。
何事にも意味と理由があることを理解し真摯に受け入れることによって対象の事象に価値を見出せるのです、そういう人は人生を100万倍も愉しめる人なんだと思います、「捨てる神あれば拾う神あり」、実に前向きな気持ちにさせてくれる響きです。