私は昔から「美学」という言葉の響きが好きでよく使う気がします、例えば「この提案書には美学が無い」などとスタッフに駄目出しします。
この「美学」の意味はエステティックなどの美容業界で使う美学ではなく「資本主義において競争は美学だ」などの意味で使う哲学とか概念などに与されるものです。
そしてあらゆるものを判断する際に「そこに美学があるか?」と思考します、取引であればフェアで三方善しが成立しているか、プライベートな付き合いでも一方通行ではなく互いに与え合う関係かどうかを見極めています、要するに自己都合を押し付ける人や自分勝手な人に美学を一切感じません。
また同様にあらゆることに「美」意識を持つようにしています、整っているから美しいのではなく私の場合は「それが自然か不自然か」という感覚です。
当然私の好みは「自然」です、ガーデニングもその意味では作り込まれた人工的な庭木や生垣に「美」を感じません、自然の中には直線も左右対称も有りえないのです。
そんな「美学」という思考や「美」意識を持つようになると提案書や契約書も非常に読みやすくまとまります、私が「美」を感じない提案書や計画書は、言葉に一貫性や共通性が無い、文脈が雑で流れが無い、妙な強調文字や色使いなどです。
また嘘や言い訳にも「美」を感じれば納得し感じなければ反発します、この場合の「美」とは思いやりや他者優先しているという背景です、失敗も果敢にチャレンジした場合なら「美」を感じて評価します。
ビジネスにプライベートに、全ての事象に「美学」や「美」意識をもってほしいと思うのです、そして現在私の「美」意識の中には「老後の美学」が在ります、美しい老後人生を送りたいと思います。
脳科学と心理学は別の角度で思考や性格といった心の領域にある様々な事象を解いてきました、しかし現在においてはこの2つの学問は密接に連携し脳内ホルモンと行動心理の関係性など総合的に脳機能や性格の本質を解明しています。
私はそんな研究論文を愉しく読んでは納得したり大いに疑問に感じたりしています、その裏にあるのが子供の頃から他者と違う思考をしていることを自覚していたからに他なりません、つまり自分が何故そういう思考になるのかを明確な根拠を以て知りたいのです。
さてそんな話題でまた一つ面白いものを見つけました、それが「一人になるのが好きな人は知能指数が高い」という研究です、これは実際に問診と知能指数を総合的に分析した結果であり私の好きな明確な化学的根拠があるのです。
簡単に言うと、発祥時から自然の中で危険と向き合ってきた人類は一人でいるリスクを回避するために集団行動を余儀なくされていました、集団は安全を確保できるために不安によるノルアドレナリンが分泌されずに常に活発に活動できるのです。
しかし現代においてはこの自然の驚異を直接受けることはありません、つまり一人でも安全が確保されているわけです、そのような環境下で生まれ育つと脳が最適化され一人でいることへの不安を感じなくなる人が出てきます、つまりこの人たちは生誕後に脳機能のアップデートに成功したのです。
このように現代に最適化された脳は集団をまとめるよりも自己完結の方が効率的であるという判断を下します、それによって身の回りの事を含めて一人で生きていく術を身に着けていきます、これによって脳が段階的に鍛えられ知能指数が向上するという結論が導き出されるわけです。
ちなみに知能指数は考えて想像したり分析する能力であり学校の成績とはほぼ無関係の次元にあります、天才科学者の多くは学校の成績は極普通ですが考える力が極めて高い人たちです、ゼロから発想できる人の多くが単身生活を好むのも理にかなっています。
逆に現代に最適化されていない脳は仲間がいると気が大きくなり何でも自分勝手に振る舞う反面一人では蛇に睨まれたカエル同然に大人しくなってしまいます、また男性では料理も作れず洗濯もできない人もこの部類に入ります、だから常に自分をサポートしてくれる人を捜し求めます。
一人でいることを孤独と感じない人は最適化した脳を持つ人間です、最適化された脳を持つ人は他者に依存することもなく一人を孤独と感じることもありません、対してそういう人を見て孤独で寂しいのではないかと感じる人は脳が最適化されていない人たちです、何れにしても人間は大きく分けて2種類の脳が存在しているということです。
物事の原理原則を知らずに思い込みによって誤った方法を思考しては実行し最悪な結果を残す人が後を絶ちません、先日のことスタッフの一人が何とも言えないきつい匂いを発しているので匂いもハラスメントになることを注意しつつ何故そうなったかを推測しました。
彼は夏場の体臭を気にして洗濯の際に洗剤を規定量よりかなり多く入れたと思うのです、匂い成分を私なりに分析すると明らかに体臭に洗剤の匂いが相まった匂いですので明らかに洗剤の使い方を勘違いしていると推測できました。
そもそも洗剤が汚れや匂いを落としているのではありません、洗剤とは汚れや匂い成分を繊維から分離させる界面活性化という働きをするものです、洗濯の化学とは洗剤ではなく水そのものが汚れや匂いを分子構造の隙間に取り込むことによって汚れが匂いが落ちるのです。
そして水は一定の分子量しか取り込めません、したがって洗剤を規定量以上使うと水に汚れや匂い成分の分子が入り込む隙間が無くなることで落ちずに洗濯物の繊維全体に広がります、更には繊維そのものに洗剤成分が逆に浸透します、その結果汗の油汚れと匂いに加えて洗剤成分が繊維に広く浸透したまま乾燥させることになります。
その衣類を着て身体の熱で繊維に浸透した汗の匂い成分と洗剤成分が相まって蒸散し、更には新たな汗の匂いが加算されるのですから恐ろしい匂いが発散されることになるのです、これが冒頭の「原理原則を知らずに誤った方法をとる」という事象の解りやすい例です。
原理原則を知らずに誤った方法をとった結果において他者に迷惑をかけるのは社会人として一番やってはいけない事です、やってはいけない事を知らずにやっても他者に被害を及ぼせば罪に問われるのが現代日本の法律です、そのくらい重要なことだということを常識化しているのが自律した大人というものです。
言動や振る舞いも同じことです、自分の気持ちや思い入れなど関係ありません、他者がどう見て感じるかです、他者優先とはそういう他者の気持ちに寄り添える感覚を指して言うのです、そして物事の原理原則を無視した思い込みによる安直思考で行動しないことが重要だと思います。
こういった思い込み思考で行動する人はビジネスにおいても同様の結果を残します、本人は会社や事業推進を優先していると考えても方法が正しくなければ最悪の結果が起きるのです、そして気持ちとは裏腹に迷惑をかけられた周囲に独善者というレッテルを貼られてしまうのです、何か本質的な思考ロジックに誤りがあるとしか思えません。
IT事業法人では自己学習型AIロジックを特許化させチップ化しました、私はその特許化のなかで脳の機能について各種の情報を集め研究していました、私のAI特許は世にある大人のAIではなく生まれたばかりの子供が五感を使って自己学習していく過程をロジック化させたものです、言ってみれば子供のAIという概念そのものです。
ここで研究していて面白いことが解りました、人間は他の哺乳類には無い大脳皮質という言語や思考を司る脳機能を進化の過程で獲得したということです、脳は進化の過程で脳幹・大脳辺縁系・大脳皮質という順に外部に拡張するように進化を遂げてきたのです。
例えば魚類や昆虫などは脳幹だけであり行動や生命維持だけを行う機能しか持っていません、鳥類や哺乳類は脳幹に加えて大脳辺縁系という部分が進化の過程で獲得し鳴き声や仕草などで感情表現ができるようになりました、更に人間の脳は大脳辺縁系の外部に巨大な大脳皮質が形成されており言語や思考を行える能力を身に着けたのです。
ここで例えば話をしているときに、顔の表情や仕草で感情表現と同じような行動をとる人がいます、またこのタイプの人はオーバーリアクションに加えて高笑いすることも多いです、これが今回の話しの重要な部分なのです。
これらの行動は主に大脳辺縁系で行われるものであり特に女性に多く見られます、この裏にある心理は本心を隠したり誤魔化したりする場合に言語表現ではなく感情表現によって応答するところにあります、つまり言語や思考を司る大脳皮質の機能をあえて抑えて大脳辺縁系によってコミュニケーションを行っているということです。
ここが男性同士の堅苦しい話しとは異なり女性が一人でもいると華やかで楽しい雰囲気になる所以なのかもしれません、そしてこういった女性特有の仕草や表情を多くの男性は本質的に動物的で愛おしく思えるのかもしれません。
ただこの顔表現や仕草をいい歳をした男性が行っていたらどうでしょう、おそらく周囲からは良くても子供っぽくて頼りなく感じます、最悪の場合は女々しくて気持ち悪がられると思います、男性はやはり大脳皮質中心の言語と思考によって漢気(おとこぎ)のあるコミュニケーションを行ってほしいと思うばかりです。
その人の性格を測るにこういった脳のどの部分でコミュニケーションしているのかというところを見ると解りやすいと思います、そして特に男性は真剣な議論をしているときに大脳辺縁系で表現してしまう人は要注意です、自律していない大人と認識され信頼や信用を大きく損ねかねます、緊張しているときほど出やすいことも覚えておきましょう。
私は20代から技術やサービスモデルなど多くの特許を出願しては事業化してきました、その裏にあるものは「欲しいけど世の中に無いなら自分で作ってしまえ」という発想です、この発想から実現可能な方法を考え出していくわけです。
特許というのは実現可能な技術や商品で且つこれまでにない新たなアイデアであることが審査で証明されて初めて登録されるわけです、つまりアイデアだけではなく過去に他者が考え出願されていないというものでなければなりません、アイデアも重要ですがこれまでに誰も出願していないという事実が最も重要なのです。
さてそんなことを常に考えている私ですが一つだけ20年近く考え続けても方法が見つからなかったものがあります、それは非ノイマン型のコンピューター(加算器)です、どうしてもノイマン型から離れたところでの思考が降りてこないのです。
一時期は生きた神経細胞を人工的に固定化できないかと考えて粘菌を研究してみたり、ロジックそのものを電気ではなく光を使えないかと光線の周波数合成を思考したりとかずっと頭の中で何か方法はないかと考え続けていました。
ノイマン型というのは真空管やトランジスタによるフリップフロップという加算ロジックそのものであり、現在のコンピュータは実用段階に入った量子コンピュータ以外は全てノイマン型です、このノイマン型を崩さない限りにおいて高速性能を極めるには半導体の電気的応答速度という限界値という大きな壁があります。
さてあえてこの話題をここで書いているということは・・・、実は現在のシリコン半導体を使って電気的応答速度を無視できる非ノイマン型で行う加算方式が降りてきたのです、もしこれが実現されれば計算速度は一気に量子コンピュータ並みに高速化できます、しかも消費電力は現在のGPUの数万分の一になります。
こんな夢のような話なのですが、2年ほど前にある半導体科学者との出会いがありまして先日のこと技術論議で盛り上がりながら飲んでいるときにその可能性が示唆されたのです、20年考え続けていたことが一瞬で実現性が見えた瞬間でした。
夢は諦めさえしなければ実現するのです、それと人の縁というのは本当に摩訶不思議なものです、天は諦めが悪い人にはちゃんと必要な人と必要な時期に出会わせてくれるようです、ということで各種の準備に行動開始です。