戦後日本の景気拡大期として超が付くほど有名なのが1965年11月から57ヶ月間続いたイザナギ景気です、東京オリンピック1964の1年後に訪れ給与が年に倍々に増えるほどの好景気でした、毎日のように橋や道路などの工事が進められ町があっという間に綺麗になり食事の内容もガラッと変わったのがまだ小学生だった私にも実感できるほどでした。
次いで2002年2月から73ヶ月間という長期景気拡大を齎したイザナミ景気です、リーマンショックにより一気に全世界が奈落の底に落ちるまでの6年間という期間ですが好景気という実感は薄くバブル崩壊の影響がようやく落ち着きを取り戻した程度の感覚でした。
そして何とこの29日の景況感発表でイザナミ景気の73ヶ月を超える2020年6月に始まった74ヶ月連続の景気拡大期となったことが発表されました、5年ほど前にブログに書いていたことが現実となってしまいました、ただこの期間はコロナウイルスのパンデミックが始まった頃であり本当なのかという思いがします。
しかしこの景気拡大期は継続中でどこまで伸ばすかは解りません、しかしこの景気判断でおそらく国民全員が疑問符が頭に浮かぶでしょう、それほど今回の景気拡大期は国民生活の実態を反映しているものではないと言わざるを得ません。
それもそのはずで景気判断は上場企業などの大手企業の営業実績に加えて貿易状況などで判断され国民の生活実態とは別物なのです、バブル期に見られたように大企業の利益が中小企業に回り、更に中小企業の利益が一般国民に回り国民全員が浮かれたような時代ではないのです。
一つは企業の接待費や設備購入費に枠が設けられ経費として認められる範囲が限定されるなどバブル期のようにお金が市中を回りにくくなっているのです、もっともお金がお金を生む好景気はバブルというが如しで実体経済とはかけ離れた景況感だったと思います。
ただ国が潤っても国民の実感が伴ってこその景況感であってほしいと願うばかりです、ある限られた業界企業や人にだけお金が流れる仕組みは何れは崩壊していくと思います、その為に選挙があるのですが日本は本当に平和な国なのだなと思うばかりです。
大自然の中でガーデニングや野菜作りを始めてから早3回目の夏を迎えます、昨年は特に夏場に蚊に刺されまくり多い日で20数ヶ所も刺され両腕が腫れるほどでした、ところが今年は何度か刺されるものの腫れも少ないし痒みも長く続きません。
また昨年はブユにたった1ヶ所刺されただけで2週間以上も腫れと痒みが続き非常に苦しい思いをしました、しかし今年は同時に8ヶ所も刺され両手の指と甲がパンパンに腫れました、しかし3日目の朝にはほぼ腫れと痒みが消え刺された痕だけが赤く残る程度になりました。
自分の身体の何かが変わったと考えていろいろ調べてみました、その結果は免疫寛容(めんえきかんよう)という身体反応だったのです、蚊などに刺されたときは正常な人であればアレルギー反応を起こし腫れと痒みが数日続きます、腫れや痒みは皮下でヒスタミンが合成されることによります。
ところが何度も刺されているうちに蚊毒に侵されても身体が特別な異常状況ではないとアレルギー反応を起こすのを止めてしまいます、この慣れが免疫寛容というものです、同じように養蜂家はミツバチに何度も刺されているのでアレルギー反応を起こさないので素手でミツバチを扱えるようになります。
ただし蚊毒に強くなったと喜んでばかりいられません、それは蚊に刺されたことが解らないことで伝染病の手当てが遅れることがあるからです、日本ではかなり稀ですが東南アジアなどでは蚊に刺されるのに慣れており手当てが遅れ重症化することがあるようです。
どんなことも良いことの裏には悪いことが、悪いことの裏には良いことがあるのです、私的には蚊に刺されることに強くなったのは喜ばしいことですが刺されたことを認識するように注意したいと思います、何事も自然の摂理を侮ってはいけないのです。
ところで免疫寛容という身体反応は心理的な事項にも当てはまると思います、ミスや失敗を繰り返していくうちに心理順応し大した問題ではないと流してしまうようになっていきます。
つまり他者が本人に代わりミスや失敗をしっかり指摘してあげることが肝要なのです、周囲がミスや失敗に寛大になったらその本人は何度も同じミスや失敗を繰り返すようになってしまうでしょう。
また他者のミスに寛大な人は自身のミスに対して既に心理順応してしまっていて他者のミスも流すようになっているからに他なりません、これは他者のミスや失敗にに対して寛大なのではありません、自分擁護の裏返し反応なのです。
突然ですが今年の夏は過去に類を見ないほどの酷暑になる可能性が高まりました、気象研究所のデータによると最大級のスーパーエルニーニョが日本近海にも発生し長期間居座りそうなのです、既にヨーロッパでは影響が出始めており先週スペインでは熱波襲来で数百人という死者を出したニュースが流れています。
もしこれが日本に起こると梅雨明け後から恐ろしいほどの酷暑が日本全土を襲います、風も少なく夜風も期待できません、夜も蒸し暑い日が続きます、また台風は進路を阻まれ日本に近づいてから大型化し更にはゆっくりと進みます、台風被害も各地で発生するかもしれません。
ただ酷暑になると虫も動けなくなり虫の発生は抑えられるかもしれません、昆虫や爬虫類にとっての酷暑は極寒と変わらずどちらも体温調整ができないために生命の危機状況になります。
また水分の蒸散が激しくなるので各地のダムや川の水が激減し畑は砂漠化するところも出てきます、夏から秋にかけて野菜が高騰する可能性が高くなるでしょう、高速道路ではエンジントラブルやタイヤのパンクなどで故障車が多発します。
企業経営にも大きな影響が出てきます、ビールや飲料水などの消費量が増え食中毒のリスクから弁当や総菜の消費が低迷します、またエアコンの需要が増え在庫不足などから工事が間に合わない可能性が出てきます。
いつの時代もどんな時も準備を怠らないことが肝要です、赤信号はみんなで渡っても危険なのです、一人迂回ルートを探して先に渡っておくことが憂いなく暮らせる方法だと思います。
ところでfifaワールドカップの決勝トーナメントの日本にとっての第一戦が本日2時から行われました、優勝候補の一角ブラジルとの対戦でしたが惜しくも1-2で敗れました、これで3大会連続で決勝トーナメントに進むものの1勝の壁を越えられずベスト16入りならずとなりました。
しかし試合内容はグループリーグ含め本当に日本は世界レベルにまで力をつけてきていると感じました、某国とは異なりファンも優勝候補国相手に堂々とした戦いぶりを称えます、4年後を大いに期待することにしましょう。
ついに食料品の消費税が実質ゼロになる日が来るかもしれません、実質ゼロというのはゼロではなくて1%ということで政府の回答が出て早くも国会決議を得て成立させようとしているのです。
ここで0%ではなく何故1%かということが重要です、ITに詳しい人なら即理解できるのですが多くの人は理解に苦しむと思います、IT技術で言うと1%と0%は雲泥の差なのです。
過去日本で初めて消費税の導入が決議された際には実施が2年近く先になりました、この間に会計関連のIT企業は徹夜の連続でシステムの改修を行いました、その際には次に消費税が変更されてもシステム変更をしなくてもメンテナンスツールで変更できるようにしていたのです。
つまり、今回食料品だけ消費税0%にするのはシステムを変更しなければならず実施までに1年以上かかると予想されます、理屈は簡単で「0」を掛ければどんな数字も「0」になるからです、ところが1%であれば先のようにメンテナンスツールで税率変更すればよいだけになります、これであれば半年もかからず実施することが可能です。
つまり政府はこういった現場の意見を慎重に吟味して1%でいくことに決めたものと予想できます、決めたら即実施が評価され支持につながるのです、高市総理は経済に強くその辺りの所謂経済三大原則の一つである「マインド」をよく理解していると感心します。
何れにしても近いうちに食料品の消費税が1%になると思います、ただし消費税込み価格でこれまで営業してきた飲食店などでは価格はそのままになります、そういった飲食店は消費者に直接還元されずに利益幅が増えるでしょう。
でも誰かに流れるお金が増えれば間接的に還元されるお金が増えるのです、経済循環理論を理解していれば歓迎されるべき施策だと思います、時間は一方通行でお金はグルグルと回るもの、こう考えるとお金をより得るにはどうしたらよいかが理解できると思うのです、まずは与えられることを意識せずに自ら与えることです。
誰が使いだしたのか日本国内で同時多発的に「ギュられる」というネットスラングが使われるようになりました、ちなみに「ギュられる」とは「AIが人間の能力を超える瞬間」という「シンギュラリティ」から発祥し「AIが人間の職を奪っていく」ことを意味しています。
またこれが世界に飛び火して日本初のネットスラングがそのまま英語になっています、ちなみに英語圏のネットスラングでは「get gyu-ed」と言います。
ここで多くの人が「シンギュラリティ」の本来の意味を取り違えていることを指摘したいと思います、勿論AIに限定して言うのであれば「AIが人間の能力を超える瞬間」でも間違いではありませんが、本質的には「進化によって元の世界には戻れない状況」ということを指しています。
例えば携帯電話の誕生によって公衆電話やテレホンカードが世の中から消えていきました、eメールの普及によってFAXが使われなくなりました、CDやDVDの誕生によってフリッピーディスクが消えました、つまりあるモノの誕生や進化によって淘汰されるモノがあり元の世界には二度と戻れないということなのです。
これは職種に関しても例外ではありません、ある技術やサービスの誕生によってこれまでも多くの職種が淘汰されてきました、電話交換手やキーパンチャーなどは一時期は花形職種と言われ数万~数十万人もいましたが現在一人として存在していません。
今はAIの普及によって多くの人間の職が奪われていく途上にあります、ITを仕事としている企業でさえプログラミングや試験をAIが行うようになり技術者余りが起きています、つい2年前まではAIの仕事が増え技術者不足という状況だったにも関わらずです、AIを造った者がAIによって滅ぼされるという悲劇が起きているのです。
AIは今後益々進化を遂げていきます、大手企業にあって専門職と言われていたコンサルタントやアドバイザーもAIが行うようになっていくでしょう、士業もうかうかしていられません、各種の法務書類作成も申請代行もAIが行ってくれるのですから。
過去に起きたバブル崩壊やリーマンショックで起きたリストラの嵐、シンギュラリティの現実味はこんなものではありません、これまで築いてきた人間社会の価値感までも大きく変えてしまう可能性があるのです。
そんな時代にどう生きていくのか、そろそろ真剣に考えるべき時がきていると思うのは私だけでしょうか、こういう時代はAIを積極的に取り込み共存していくのか、それともAIに頼らなくてもよい自然を相手にした人生をまっとうするかのどちらかでしょう、中途半端な生き方で世の流れに翻弄される人は確実に淘汰されていくのです。