5年ほどグループ法人で再建そして経営してきたイタリアンレストランを昨年春に元オーナーに再譲渡の話が持ち上がるや否や突然のように始めたウイスキーブログ、周囲の人は今度はリカーショップやショットバーでも経営するのではないかと関心しきりです、真相はどうであれ幾つかの事実を辿ってみれば、そういう発想も無いことはないという結論が導かれても仕方ないかもしれません。
まず私は無類の酒好きだということ、過去にショットバーやダイニングバーをサイドビジネスとして3店舗を10年以上経営していたということ、毎日のように一人ショットバーで〆のウイスキーを飲んでから帰宅するということ、そんな事実を知っていたら前述の発想が当然のように浮かんでくるのかもしれません。
更には昔からバーテンダーや調理人の知人友人が多いということ、アンティークウイスキーのコレクションが優に100本を超えていること、ここ最近は月に何本も新たに発売されたウイスキーを買っては味見しているということ、意味の無いことはやらないということ、道楽から新規ビジネスを興すのは珍しくないことなどを加味したら、これはもう想像ではなく確信に変わるかもしれません。
さて、そんな周囲のワクワク感や本業の忙しさを他所に新しいウイスキーを買ってはおつまみを研究し試飲食する毎日、どんなに忙しくてもこういう状況が一番心身が元気で愉しいのです、物事は幾ら考えても絶対に収まるところに収まりません、日々の継続した具体的な行動から収まるべきところに収まっていくものです、逆説的に言うと収まるところに収めるべく行動を起こしているのかもしれません。
思えば明日のことを考え今日を大事にしない人がほとんどです、人生の勝者となるには人生のゴールを見て今この瞬間を大いに愉しむことです、その継続で理想のゴールが近づいてくるのです、人生は一度きりで限られた時間しか与えられていません、大いに愉しんだ者だけが価値ある人生を送れるのだと思います。
食べ物が芋一つしかない場合に明日のために半分取っておくのは凡人、明るい未来を信じて種芋として植える人は賢いようで何も成果を出せない愚者、何故なら腐ってしまうかもしれないし明日生きているかどうかも解らないのですから。
結局今全部食べ今日一日を生き抜いた人が新たに開く明日もしっかり生き続けられる人です、何故ならあの世に逝くまで今日一日を精一杯生き抜こうと思考して行動するからです、その日々の連続が人生というものなのですからそもそも論なわけです。
そして自分がやりたいと思ったことは経済基盤が整うまでは準備をしても絶対に動かないことです、天の時を待てない人が成功することは絶対にありません、そして経済基盤が在るからこそ利益を求めず好きなことを堂々とやることができるということです。
つい先日還暦を迎えたと思っていたら時が経つのは早いものであっという間に8年も経ってしまいました、ビジネスの世界に身を置いて46年、経営者人生40年、長いようであっという間の出来ごとでした。
さて新型コロナウイルスパンデミックの影響で延期した隠居計画は今度こそ第四コーナーを回りラストスパートの直線コースに入りゴールも見えてきました、隠居への準備に加えて理想郷を得るための各種の具体的行動を起こしています。
10年ぶりに事業家に返り咲いて早6年、この数年間は猛スピードで各種の憂いごとの清算と事業が展開しました、現メイン法人のIT事業会社では幾つもの最新技術分野で特許出願しオリジナルプロダクツとサービスを創出させ現在においては大きな収益源となっていることが何よりも嬉しいことです、加えて債務の清算により隠居の際も何の憂いも無く後継者にバトンタッチできるまでになりました。
そういえばブログは書き始めて20年を超えました、ブログ開始時の自分との約束事である「毎日更新」は自身に課したノルマとはいえ正直厳しいものでした、始めた当時は予約投稿という機能が無いのですから出張中も高熱で寝込んでいる時も何とか毎日書き続けたものです。
でもこれが長い期間をかけて結果的に「不屈の精神力」を磨いたのだと思います、「必ず有言実行する」という精神力とここぞの時の爆発力は半端なく向上しました、私の周囲の人でもアドバイス通り毎日きっちりブログ更新している人は自身の精神力や思考が大きく成長したことを自覚していることでしょう。
ブログとはいえ調べて纏めるのに1記事で半日以上を費やすことも珍しくありません、寝る間も惜しんでブログを書き続けるなんて馬鹿じゃないかと思われるでしょう、でもこの経験は決して無駄にならないどころか未来に大きく羽ばたくのです、脳は長期に渡る苦しい自己ノルマによって多くの情報を短時間に整然と処理できるようになり、更に他者に文章で正確に伝えられるリテラシーが向上します、これはそのままビジネスに有益に直結してきます。
記憶力・洞察力・調査能力・分析能力・ロジック展開能力、ビジネスに必須な能力を日々少しずつ確実に磨くことができるのです、世界中のユニコーン企業の経営者は何歳になっても何故毎日ブログを書き続けているのでしょうか、成功者は意味が無い事は行わないのです。
話変わって道楽の話しですが、これもまた10年間封印していたオーディオとホームシアター道楽を事業家復活の年にシンクロするように復活しました、現在の夢は隠居後に実家から貴重な70年代の真空管アンプや大型フロアスピーカーなどのオーディオ機器と1000枚を超えるレコードを理想郷に持ってくることです、これでやっと50年の空白の歳月を埋めることができます。
生きていく為には全く必要もない戯れに大きなお金と時間を使えること、これが幾許も無い人生を濃厚にさせてくれると考えています、そういう意味では道楽に費やす費用と時間は残り少ない人生を濃厚に過ごすためのサンクコスト(利益ゼロの投資)だと考えています。
ある期間は休まず遊びもせずにビジネスに邁進する、ビジネスで一定の成果を上げたら長期休暇を取り経済的な憂いも無くゆっくりする、これが私流の一つの成功人生だと思うのです、そして私流の「自分へのご褒美」とは日々のささやかなグルメや旅行などの庶民感覚での癒し事ではありません、数年単位の有り得ない規模の癒し事です。
この長期スパンでの陰陽両極メリハリは人生を太く長く愉しむための秘訣です、人生は振り子の原理と同じで長期スパンで人生リズムの流れを作れば状況の善し悪しの振れも大きくなりますが太く長く愉しんで生きられるのです、逆に些細な歓び事での短期スパンで人生リズムの流れを作ると小さな事を短期間でコロコロ回すことしかできずに細く短く淡い人生になってしまうでしょう。
数年間プライベートでの愉しみを封印してビジネスに徹し、そして長期休暇を取り仕事やお金の心配もなく心からゆっくり過ごす、こういう普通の人には到底真似できないことをやれるのが起業した人間としてのひとつの成功だと思うのです。
そして隠居後に何かビジネスチックなことをやりたくなったら道楽ビジネスとして思いっきり愉しもうと思います、なぜならその時にはお金を稼ぐという必要性も意味も仕事をしなくてはいけない義務も責任も一切存在しない状況になっているのですから、生活に充分な経済基盤が確立していてやらなければならない債務が何も無いことが悠々自適なスローライフを送るための必須事項なのです。
2年ほど前から未来のスローライフにおけるボケ防止を意識して経営者駆け込み寺や高齢者企業支援などのサイトを幾つか立ち上げました、私の信条である準備に早すぎることはないということを実践したというわけです。
いざ始めようと思っても用意が無ければ準備に数年かかります、更にはサイトが周知され検索されるまでには長期間を要します、それではせっかくの気持ちが萎えてしまいます、そんな経験を若い頃からしてきて常に5年10年先を先取りするように行動開始するのが私流なのです。
最初の問い合わせまでには1年以上は猶予があると考えての早期準備だったのですが、驚くことにサイトオープンの半年後くらいから検索に引っかかるようになったのかポツンポツンと問い合わせが入るようになりました、緊急性を要しない問い合わせには丁重に準備中であることを伝えています。
それでも早期に施策しないと好機を逃すと感じた1社とは早々に契約し、第三者割り当て増資や資本政策などのコンサルティング契約を締結し月額報酬に加えて2回に渡る第三者割り当て増資での成功報酬を得るまでに至りました。
メイン事業法人から隠居し定額報酬がゼロになったとしても、公的年金と自己年金に加えてボケ防止策として行う予定の各種コンサルティングでの報酬総額は独り身の私には充分過ぎるほどの経済基盤となります。
つまり常に1社とコンサルティング契約できていれば悠々自適に永遠に終わることのない理想郷構築を楽しみながら暮らせ、更には道楽ごとでの大きな設備投資やいざというときの貯蓄もしていけるという確証が得られたわけです、この実績は気持ちのうえで未来のスローライフへの大きなバックボーンとなりました。
ぼんやりとしていたスローライフビジョンでしたが早期準備によって思わぬ結果が得られくっきりと見えるようになりました、加えて理想郷構築や道楽事での計画は日々規模が大きくなってきています、やりたくてもできなかった40年分の理想の生活がようやく実現させることができる時が訪れたようです、これが私流の「天の時を待つ」ということです、天は40年も私を待たせましたが特大の「待った」ことへの褒美を齎せてくれたようです。
突然ですが「道楽」とは「本業以外の好きな事にふけること」と辞書にあります、考えてみれば私は本業も心から愉しめない状況になれば即座に撤退し興味を引かれる新しき事をやり始めてしまいます、その意味では私の人生そのものが「道楽」に集約されるのかもしれません。
子供のころからミニカーや怪獣グッズをはじめ興味のあるものは全てコレクションし、顕微鏡や望遠鏡でミクロやマクロの別世界を覗き、小学校のころから祖父に学び真空管を使ってラジオやアンプを作っていました。
本格的に道楽として没頭したのは大学時代に始まったオーディオです、また合わせてジャズのレコードコレクションもアルバイトで稼いだ全財産を投入して狂ったように集めまくりました、当時はオーディオとレコードに費やすお金が欲しくて春夏秋冬の長期休暇全てを遊びにも行かずにアルバイトに充てたものです。
そんな私が社会人になるとオーディオ道楽と並行してスコッチウイスキーやリキュールに興味を持ち始めます、そしてウイスキーコレクションをしながら連日連夜のバー通い、日本で買えるアルコール類のほぼ全てを飲んで納得したものです。
30歳代になると一転今度はアウトドアと釣りにはまり週末は河原や海辺でバーベキューを行い釣船を1日貸切っては社員と海釣りを愉しみました、40歳代にはサイドビジネスを行うようになりサイドビジネス用の会社を設立してショットバーやダイニングバーを3店舗運営しました、更には熱帯魚レンタル・子供向けパソコン教室・天然素材の肌着販売などのサイドビジネスを複数同時並行で行いました。
その後人生の一大転換期が訪れそれまでのサイドビジネス全てをそれぞれの従業員に無償譲渡して、今度は有り余った時間を使って陰陽五行を応用した学問の確立と研究に没頭します、今更ながら考えてみると私はどうも生業の本業とは別に常に何かをやっていないと落ち着かないようです、きっといろんな意味での精神的バランスを保とうとしているようにも思えます。
いろんな事をやってはノウハウを得て納得してきました、それでもアンティーク家具やオーディオショップ、更には農業に畜産業に養殖業とやりたいと思っていた事でやり残したものは山ほどあります、加えて最近は食と健康や昔取った杵柄であるアクアリウムやテラリウムに意識が向っています、いったい私はどれ程の道楽を愉しめば満足するのでしょうか?
きっと生きている間は常に新たな道楽事を次々とやっていく気がします、それも何かを終わらせてから始めるのではなく新たに生まれる道楽事を並行してですから大変です、でも辛さも悩みも愉しみも生きている間だけなのです、やりたい事は全てどんなに大変で辛くても納得するまで徹底的にやってみる、私は人生に納得しないうちはあの世には気持よく逝けないと思うのです。
私にとって「道楽は長寿の薬」です、道楽に没頭できている間は生業の経営と共に心身が元気だというバロメーターなのです、そして生きていく為には無関係な満足感を得る為にどれほどの時間とお金を使ってきたのでしょうか。
でも私はこう思うのです、それが好きなようにできているからこその生業に活力が生まれるんだと、生きる為に食べるような行為は私には耐えられません、やりたいことを行う為に健康で長生きして毎日美味しく食事をしたいのです、「食べる」と「食事」は大違い、私は食べる行為は実は面倒だと思う事項でも食事をすることは大好きなのです。
生きてく為に不要な事項にこそ私は生きる価値を見い出しています、生きていく為だけの生業ならそれは強いられた労働という代物です、そんな人生に私は喜びも幸福も感じられません。
道楽こそ私の人生そのものなのです、初めての食材は取りあえず買ってみる、海外に行けば珍しい料理は食べてみる、手に入るアルコール類は全部飲んでみる、気になったものはとりあえず買って試してみるのです、生きていく為に不要なものに価値を見い出しては更に工夫して愉しむのです、生きている間に生身の人間でしかできない事を全部やってみるのです。
ここにお金や時間がもったいないという概念も意識も皆無です、そもそもお金は好きな事をやる為の媒体であってそれ以外の価値を見い出していないのですから、どんなことも気になればやってみるのです、何故なら理由があって私は人間に生まれてきたと思うからです。
生まれてきた理由を知りたくて子供の頃からずっと探し求めているのです、「明日はどんな心奪われるものに出会えるのかな?」、そう思って寝ると自然に暗いうちから目が覚めてしまうのです、私のスローライフはきっと朝から晩まで道楽に明け暮れるのでしょう。
隠居後の理想郷スローライフとはきっとこんなスタイルになるのだろうという擬似体験をこの5月のゴールデンウィーク中に行ってしまいました、なんと連休中は一度も家に居なかったのです、毎日どこかのラボでビジネスを忘れ道楽事を愉しみ夜は仲間を呼んで馴染みの店をハシゴして飲食に明け暮れました。
昨年末にラボ2号が都内に、そしてこの春は未来の理想郷の地にリーディング拠点兼ラボ3号ができました、理想郷のリーディング拠点兼ラボ3号にはリノベーションの打ち合わせに、ラボ1号にはベランダ菜園の手入れと今年の苗の植え付けに、ラボ2号ではオーディオの整備にと必ずどこかのラボで道楽事を大いに愉しみました。
リーディング拠点兼ラボ3号の行き来は行楽シーズンということもあり打ち合わせ後に観光名所の絶景を楽しみリーディング拠点兼ラボ3号の畑に生えていたフキやノビルなどの野草も収穫してきました、わざわざ混雑する観光地へ出かけなくても充分に気分転換でき疲れることもなく最高の場所を手に入れたと再認識できました。
ラボ1号では購入後10年以上経ち大きくなりすぎて部屋に置けなくなった観葉植物をばっさりカットして家の中に再度置けるように再生しています、ちょうど再生植え付け後1年経って4種6鉢の観葉植物を買ってきた頃の大きさに戻せました、また毎年行っているベランダ菜園ではハーブ類を今年も自家製培養土に2種類植えました、毎年6月から11月まで収穫しては摘みたての超新鮮状態で各種料理でいただきます。
休みの日にぶらりマイペースに行くところが無い、もっといえば定年退職後に行くところが無いという人がほとんどです、私は隠居後にこの状態を一番苦痛だと考えました、だから動けるうちに必至に稼ぎ隠居後には気楽に行ける場所を目的別に多数持って毎日憂い無く暮らせるようにしたかったのです。
この状況こそが私の隠居後の理想郷そのものでありスローライフの原点です、理想郷とは何も物理的な一つの存在を示しているのではないということです、このスローライフなる状況が隠居を目前にして出来上がったことに大いに満足感を得ています、朝目覚めて今日は何処で何をしようかとワクワクする日々、これを理想のスローライフと呼ばずになんと呼ぶのでしょう。