「光陰矢の如し」という諺があります、「月日が経つのは射った矢のように早く流れる」という意味ですが、実はこの裏にある真の意味は「月日が経つのは早いから時間を大切にしよう」という教えが込められています。
私はというと先日還暦を迎えたと思っていたら既に古稀を迎えるに至ってしまいました、先週来愛弟子やスタッフに加えビジネスパートナーにまで古稀のお祝いをしていただき多くの人に囲まれている現在を喜ばしく思います。
思えばこの10年は還暦を迎えた翌年に生業であったIT事業を10年振りに再興し本当に「光陰矢の如し」であっという間でした、そして古稀を迎え「残り少ない未来の時間をもっともっと大切にしよう」という感覚がよりいっそう強くなりました。
「笑っていても泣いて過ごしても平等に時は流れる」という私の好きな歌詞があります、人生の残り時間をこれまで以上に意味のある時間にしたいと思います。
ところで還暦過ぎたら多くの人は終活を意識するようです、しかし私はそれに反発するようにビジネス優先で犠牲にしてきたやりたい事を全て叶えようと逆に元気づいています、そしてこの期に及んで一つ一つやり残した事を実現させていく喜びに浸っています。
理想郷を得た今、自分の思い描いてきたように住居や庭造りを愉しみ、自給自足生活の準備に各種の果樹や何もしなくても毎年収穫できる多年生の野菜作りに励んでいます、身体の疲れや怪我も含めてこの時間が本当に有意義に感じるのです。
「光陰矢の如し」、冒頭の意味の他に「射った矢は二度と戻ってこない」、「時間は一方方向にしか流れない」という側面の宝玉のように光り輝く教えが隠されています、一生の尊さを見事に言い表している諺だと敬服します、二度と戻ってこない時間を本当に大切な人たちと共に過ごしていきたいと思う昨今。
この歳になって幸福な老後人生を送る意味を考える時間が多くなりました、その自問自答の中で悟ったことに高齢者になったら「しなければならない」という意識から解放されることが最優先なのではないかと思うのです。
何時を回ったから寝なくてはとか、何時間寝ないといけないだとか、何時になったから食事をしようとか、何を食べないといけないだとか、いろいろな意識に束縛されることから解放されることが充実した老後人生を歩めるのだと思うのです、そういう意味では究極の意識低い系老人がよろしいかと思います。
寝る時間に関しては眠くなったら寝て眠くないのであれば眠くなるまで好きなことをやっていればいいのです、当然に何歳になっても考え事などで眠れない日もあります、その場合は自然に翌日早く寝るようになります、実に身体機能はよくできているのです。
食べることに関しても腹が減ったら食べたいものを食べればいいかと思います、健康上の栄養素に関していえば身体が自分に必要な栄養素を記憶していて不足している栄養素を食べたいと訴えてきたら素直に応じるようにすればいいのです、それがたとえジャンクフードでもいいかと思います。
健康を考えて日ごろからバランスの良い食事をルーティングして身体に記憶させておくと食べたいものを身体が教えてくれます、その意味では健康を過剰に意識するのではなく自然に健康的なものが欲しがる身体を還暦前に作っておくことが重要かもしれません。
若い頃は嫌というほどの「しなければならない」人生だったし多くの人も同じだと思います、であれば還暦超えたら残り人生を好きなように自由に過ごすことが無理を通してきた自分への褒美だと思うのです、高齢になれば若い頃のように身体も思考も無理は利かなくなるのですから、無理のない老後のスローライフが尊いと思います。
メインのIT事業法人はこの数年来極めて順調に推移しており先日も新たに関連法人を創出し更に事業拡大を続けています、そんな時ではありますが昨年本格隠居にストップがかかり代表権を残したままでの半隠居となりました、その間に新経営幹部の加入などもあり徐々に私の役割を引き継ぐ環境が整ってきています。
特にこのところはクライアントやパートナー企業との打ち合わせや商談には顔を出さなくても問題なく進むようになりました、予定らしき予定が何もないという週もちらほらとできるようになりました、当面はオフィスには毎日顔を出していますが何もなければゆっくり出社し早めに帰宅しています。
そして昨年の春から金曜の夜に行き日曜日まで理想郷の地で各種の作業を行っています、この間も以前のように毎日メールを見る必要もありません、何故ならビジネスメールの多くは私の代わりに業務別の担当役員がやってくれており重要な判断のみ私がするという程度になっているからです。
こんな日をずっと待ち望んでいたのですが本当に実現するとは思ってもみなかったです、今では担当別の役員がそれぞれの責任で進めています、地位承継は順調に進んでいるようです、これなら時が来れば安心して隠居できるというものです、不安材料を残したまま隠居しても悠々自適には暮らせませんから。
理想郷の地に来ているときは一切のビジネス会話も無いしビジネスに関連した不安も何もありません、こちらはこちらの各種作業に集中できます、ただ時間が自由に使えるようになるとまたぞろ新たなことを始めてしまうのが私の悪癖です、やりたいことが山ほど残っています、さて次は何を始めようかとワクワクしています。
私は若い頃から一般的な社会人のヘアスタイルに比べてどちらかというとロング系のヘアスタイルでした、そして40代にオールバックに変更し還暦過ぎた頃から徐々にショートになり今では何とかオールバックにできるほどの長さになっています。
昨今では田舎でスローライフを愉しむにあたり髪の長さがどうも気になって仕方ないのです、特に真夏の暑い日に農作業などを行うとあっという間に全身汗びしょになります、こんなとき髪が短いと本当に楽です、冷たい水を頭からかぶってもタオルで軽く拭くだけで乾いてしまいます。
歳を取ったら何事も見た目よりも楽な方がいいです、服装もどんどんラフになっていきます、今では上下ともブカブカなルーズフィットなカジュアルにしています、着るにも楽だし動きやすいのが一番いいです、歳を取ると若い頃のように軽やかな動きはできません、ぴったりの服だと動きが制限され身体中の筋肉が凝るようになります。
昔「見た目を気にしなくなったら老人だ」と言われたことがあります、年寄りは年寄りらしく恰好よりも実質的に動くのに楽な方がいいと思います、そういえば社会人になって初めて夏場に帽子を被るようになりました。
強い日差しは目が焼けるように熱く感じ皮膚にもよくありません、暑い日でもスーツを着なければいけなかった若きビジネス時代を生きてきて「外見を気にするよりも心身の健康を考えた方がよい」と思うばかり。
26歳の時に大手外資系企業にヘッドハンティングによってフリーSEとして入社して以来海外出張が当たり前のようになりました、以来独立起業後もその波は消えず約50都市以上を行き来し最も多い海外都市は250回を超えます、そんなグローバル人生において老後の人生観にグローバルを意識しないはずはありません。
隠居の波が来たと思ったら突然のように降って湧いてきた人生で4度目となるグローバル波の再来でこのところは更に強く意識しています、海外のファンドから出資の話が持ち上がるや否や急ピッチでグローバル展開がスタートし現在では3ヶ国との取引が実現しています。
更にはあっという間に開発拠点が2ヶ国に誕生し新たにオフショアというグローバルビジネスも始動させました、そしてこういった施策は今後更に増えていくことになるでしょう、本当に海外での老後生活拠点もそう遠くないうちに確立するかもしれません、否こういった波は必ず一つの方向へ収束していくものです。
ところで海外の生活拠点の話を周辺にしていると必ず聞かれるのが「いくつも畑や果樹園が有って道楽でも植物をたくさん育てているのに長期間海外に行っている間はどうするのですか?」というものです。
でも私の人生すべてが成るように成ると考えているので常に不安を覚えることはありません、海外に行っている間に世話をしてくれる人を雇えばいいだけですから、人件費が嵩むというのであれば利益を上げればいいだけです、こういった発想は普通の人だったらおそらく出てこないかもしれません。
波が来たら抗わず素直に乗る、それを行うに必要なものは全て得る、何事も自然の摂理通りに事を進めるだけです、そして強い意識は必ず実現するのです、人生とは生きている間だけです、やりたい事はやれる時が来たらやりたいようにやるだけです、これが「人生を愉しむ」ということだと思うのです。