毎年発表されるUSニューズ&ワールドレポート誌の「最高の国レポート」ですが2021年版において日本は2位となりました、ちなみに昨年は3位です、2位に押し上げた最大のポイントは何と「起業家精神」でこれは世界トップの評価を得ました、日本は起業環境が整っており自由に起業できる政策や文化が評価されました。
更には文化的影響力が世界5位などで他のカテゴリは「冒険要素(観光的刺激)」、「俊敏さ」、「伝統」、「将来の成長性」、「ビジネスの容易さ」、「外交・軍事力」、「社会正義」、「人生の質」となっています、これらの10項目を世界の有識者1万7,000人にアンケート調査を行い総合点を出します、日本は今回99.1点という高スコアを叩きだしました。
1位はカナダで日本に次ぐ3位以下はドイツ・オーストラリア・アメリカ・ニュージーランド・イギリス・スウェーデン・オランダとなっており日本はアジアで唯一毎年10位以内にランキングされています、日本はどの国よりも自由に起業でき自由にビジネスできる恵まれた環境の国なのです、不満は沢山あるでしょうが不満が在るのは逆の見方をすれば贅沢な悩みだということです。
ローカルを見て不満を言う前にグローバルな視点で世界を見て自分の置かれた立場や環境を再度考えてみたらどうでしょう、不満を持って生きるよりも持てるものに満足して未来志向で生きた方が幸せだと思うのですが如何でしょう。
余談ですが日本のパスポートは「最強のパスポート」ランキング1位で最も多くの国へノンビザで渡航できます、また経済力や軍事力などの国力を示す「最強の国」ランキングは7位で「軍事力」ランキングは5位となっています、経済力は言うまでもなくGDPは世界3位です、日本人であることにもっと誇りを持って生きましょう。
「弓を見よ、敵あるときは重宝この上ない。 だが国が治まっているときは袋に入れ土蔵に納まっている」
名将言行録に納められた福島正則の痛烈な一言は、還暦を越えた私には強力に響きます。
豊臣秀吉の最強戦士軍団「7本槍」の一人である福島正則は、特に戦場の暴れん坊として戦国の世に君臨しました。
しかし、天下が統一されだすと武勇より文治に優れた者が必要とされるのです、そのときの正則の「ぼやき」がこれです。
何時の時代も自分の好ましい状態は長くは続きません、つまり常に時代とは動いているものなのです。
その動きのある時代において、必要とされる人材もまた日々変化するものです。
時代を読み自分の身の置き所を心得る者、また時代が変わり世が欲するときに活躍する者です。
成功する人は知っています、「時代が変わり、世が欲しないときこそが身の引き際であり、次の世に出る為の大きな熟成期間である」ことを。
常に全力疾走では疲れてしまいいざという時に能力を発揮できません、自分の活躍の場と出番のときを弁える者はやはり成功する人と言えるでしょう。
「勝つということは、五分を上とし、七分を中とし、十分を下とする」
兵法を自在に操ったと言われる武田信玄の意味深い一言、深い洞察力を感じさせるものです。
五分の勝利であれば、今後に対して励みの気持ちが生じて内外に大きな問題も残さず士気を維持できます。
七分の勝ちなら慢心が生じ、完全なる勝利であれば驕りの気持ちが生まれ、更には敵対勢力に遺恨を残し後の大きな争いごとに繋がることになります。
この言葉を裏付けるように、信玄は4度に渡る上杉謙信との川中島の合戦においても有利な時も決して深追いをしなかったのです。
謙信はこの信玄の戦法に対しての謙虚さをこう評価しました、「自分が信玄に及ばぬ所はここにある」と。
ビジネスも同じことです、ライバルやパートナーとは決して争ってはならないのです、「利を分かち合う」ことが業界全体を成熟させ自らの利益を増やすことに繋がるのです。
自己利益のみを追う者は結果的に孤立して利益に恵まれることはありません、いつの時代もどんな世界にも通じることです。
少子化を食い止める特効薬は「一夫多妻制の復活にある」などという無茶苦茶な激論が一時期世界中で湧きあがって久しいです、確かに力の有る者がどんどん子孫を増やせばあっという間に経済が復活し国力が増すだろうと国や地域を執り仕切るほんの一部の者が考えてもおかしくはありません。
ところで何故人類はある時を境に一夫一婦制に移行するようになったのでしょうか、ほとんどの知的哺乳類、そして人間もまた長い期間一夫多妻制でした、ところがある時期に突如として全世界中で同時多発的に一夫一婦制に変わったのです。
他方でいまだに一夫多妻制を合法としている国や地域は残っています、ここで問題になる事実とは何なのでしょうか、この疑問を明確に歴史を調査して解明した人達がいます、カナダとドイツの合同研究チームがイギリスの科学雑誌ネイチャー・コミュニケーションズに研究論文を発表しました、その論文を簡単に説明すると理由はなんとある種の「菌」だったのです。
昔ある種の接触により感染する菌が一家十数名を全滅させてしまった事件があったのです、その菌は国中にあっという間に広がりました、その菌の感染防止策として当時の医学者が中心となり法的に接触する人を限定しようと一夫一婦制を提案したわけです。
この研究論文はそれまで「人類の脳の進化によって同時期に道徳性や平等性が生まれた」とする人類学者や考古学者を一瞬にして黙らせてしまいました、物事とは正解が齎されるとそれまでの常識が一瞬にして覆されてしまうのです。
何が正しく何が誤りなのか解明されるまで全てが神の領域なのです、雷が放電現象であることが証明されたのが1911年、その発生するメカニズムが物理的に解明されたのが日本の高橋劭博士による「着氷電荷分離理論」であり約30年前の1978年です、それまでは雷は神の仕業とされてきたわけです。
現代でもでたらめな情報を信じて誤った判断行動をしている人が多数います、更に怖いのはそれを意味も理由も理解せずにただ面白がってシェアする世の中の感化風習はあまりにも無責任極まりないと思うわけです、自分の身は自身の正しい情報キャッチ能力と分析力で守るしかありません、兵法に「毒(潜んだ罠)にやられる者が愚かなのだ」という教えが示すように。
「いくら考えてもどうにもならぬときは、四つ辻へ立って杖の倒れたほうへ歩む」
泰平の世をもたらし江戸幕府を築き上げた徳川家康の、なぜかほっとする一言。
数多い徳川家康が残した言葉から何故これを選んだのか?
天下人であろうがしょせんは人の子です、神頼みにすることもあるというところがなんとも人間らしいと思えるからです。
経営者も幾ら考えても判断しようがないことなど山ほどあります、そんな時はどっちでもいいから何かを選んで進むしかないのです。
正解とは結果にすぎないということを理解していれば、何を選んでも正解と思えるように上手く運ぶしかないのです。
ビジネスも全てが結果です、何を選んできたかなどという選択の過程には何の価値もありません。
まして道中に起こる刹那の事象などはどうでもいいのです、評価にも値しません。
結果を残せば正解、残せなければ不正解、物事は極めてシンプルなのです。