永住の地に確立した本丸にはたくさんの果樹や樹木が植わっています、そして伐採しなければならない枯れてしまった樹木や伐採したほうがよい老木も多数存在しており数にして20本以上は優にあります、更には長年放置されていた老木の更新剪定によりたくさんの太い枝が出ます、またリノベーションによって新規に購入すれば結構な価格の立派な一枚板が多数廃棄されます。
これらを廃棄してもらうだけでざっと見積もってもらうと100万円近くになります、使える用途があるのであればお金を払って廃棄するのではなく使えるものは使おうと昨今思考を凝らしています、取り急ぎ内装のリノベーションで出る立派な一枚板は厚みもあるので屋外用のベンチテーブルをDIYで2つ作ることにしました。
それぞれ本丸とオフィスの庭に置いて作業の休憩場にしたいと思います、また気候のよい季節には屋外でランチや家飲みもできるようになります、これまでは一休みする場所もなく本当に大変でしたからスタッフも大喜びするでしょう。
また枯れ木や老木を伐採した太い伐採木はキノコ栽培に使えないかと研究しています、更に枝などは自分流レイズドベッド農法の緑肥に使えます、更には畑や果樹園の地中に埋めて有益な糸状菌を繁殖させ土壌改造に使えると考えています、お金を払って廃棄するより有益に使えればゴミも宝と化するのです、要はこれら全てが道楽で磨いてきた研究と実験の賜物なのです。
毎年のように5月の連休とか夏休みは何処に行っても人が溢れ電車に乗れば子供の泣き声でイライラモードになってしまいます、永住の地に月に何度か車で行くのですが決まってこの季節は行き帰りに渋滞に嵌まります、サービスステーションで休もうと思ってもテーブルは人で埋め尽くされていてゆっくり食事もできません。
5月連休や夏休みは大手企業は一斉に休暇に入り1週間ほどビジネスが止まることになります、毎度のことなのでそんな時にはマイペースに進めるので問題なしです、ただ一斉に休みを取る5月連休と夏冬の連休はどうにかならないかと思うのです、何故みんなが一斉に取るのでしょう。
私は外資系企業に勤めていたルールをずっと起業後も適用し5月連休も夏冬の連休も自由に取れるようにしています、5月連休が終わってから1週間休んでもOKなのです。
私は「赤信号みんなで渡れば怖くない」的な集団心理がすごく苦手です、みんなが休んでいるときに仕事をしてみんなが仕事しているときに休む、こんな自由な世界が好きなのです、さてそんな鬱陶しい夏休みもそろそろ終わりです、ゆっくり長期休暇でも取りましょうかね。
昨今意識レベルを問われるケースが増えてきたように思います、昔は誰も同じような意識だった気がしますが意識レベルにも二極分化の波が押し寄せているように感じます、ちなみに私の世代は「三無主義世代」と呼ばれていました、この三無とは「無気力・無関心・無責任」を指し、押しなべてそれ以前の団塊世代に比べ意識レベルが低いと烙印を押されていたのです。
確かに意識レベルが高いと仕事もテキパキとこなし有益な人脈も形成しやすくなるのではないかとは思います、ただ私が厄介であまり関わり合いを持ちたくない人は「意識高い系」の人たちです、意識高い人と意識高い系の人はまったく次元が異なります、意識高い系というのは中身が伴わずに意識高い人の真似をしたり振りをする人たちを指します、私の観察では共通しているのが会話しているときの「なるほど」や「おっしゃる通り」という口癖です。
三無主義世代と言われて育った私ですが、この歳になって思うに意識高い系の人がどうも苦手になります、話をしていても自分や家族の自慢と他者から仕入れた表面だけの話ばかりで何か心がざわざわして穏やかな気持ちになれません、逆に意識高い人はしっかり私の表情や仕草で話を切り替えながら内容はほぼ完ぺきに理解しピンスポットの気遣いをしてくれるので気になりません。
もっとも意識高い人よりも本来は意識が高くどんな情報も正確に理解していながら意識低い人のように振舞える意識低い系(意識高い系と対峙する意味)の人の方が今では心が穏やかになるのを自覚できます、何でも話を合わせられる方が善いというわけではないのです、知らない振りも時と場合によっては有益な結果をもたらすことも多々あるものです、私の年代は特に自分が居心地よい人とだけ接していたいのです、そういう気持ちの変化もまた歳を取るということなのかもしれません。
第二次世界大戦後の世界はアメリカと旧ソビエト連邦による冷戦状態により西側諸国と東側諸国に別れてパワーバランスを取ってきました、それが1991年旧ソビエト連邦の解体によりカオスの状況に陥り変わって中国が台頭してきて現在に至ります。
この10年間ほどは偏りはありながらも一応のバランスが取れているように思えます、ところがアメリカファーストを打ち出した現リーダーの出現により悪いながらもバランスの取れた世界秩序が突然壊れるのではないかと推測する有識者が増えてきたのも確かです。
それを物語るようにアメリカから富裕層や有名人がどんどん出国しています、彼らはヨーロッパ各国にいる親戚などを頼りに世界に散らばっています、そして今後世界はどのように変化していくのでしょうか、その中で日本はどのように振る舞えばいいのでしょうか。
インドはクワッドの枠組みで日米豪と経済と安全で連携してきましたが、ロシアから原油を買っていることを理由にアメリカから突如制裁的な高い関税をかけられロシアや中国と連携する動きを見せています、日本も自動車などの輸出先として新たに環インド洋諸国(アフリカ諸国&インド・中東諸国)と協議を始めています。
いつの時代も悪いながらも安定していたパワーバランスが崩れる時は必ず争いが起きます、現在では火力による戦争ではなく経済戦争の方が深刻です、負けた方の国民は生活苦という悲惨な状況を迎えます、誤った政策を行うリーダーを止められるのは選んだ国民の義務です、義務を果たせなければ自分たちが犠牲になるだけですから、しばらく世界情勢から目が離せません、何故ならパワーバランスの変動により少なからず日本も大きな影響を受けるのですから。
私の友人知人の多くは既に還暦を超えています、一番年上は月に2度ほど飲み明かす元大企業の役員で85歳です、そんな友人知人と飲んでいると時々終活の話になります、そしてほぼ全員に共通している終活思考は「歳を重ねる毎に一つそして一つと身辺を片付けていくこと」だということです。
身辺の片付けとは例えば一緒にいても時間だけが過ぎていくだけでマイナスになってもプラスにはならない人とか、いつまでも気にしなくてはいけない物事を解消することです、そして自身の健康状態と真摯に向き合い淡々とした日々を暮らすことに集中することが価値あるセカンドライフというものだと思います、50歳を超えたら是非とも老後の人生設計と終活を意識したほうがよろしいかと思います。
私もこの10年の間に自身の利益だけを優先するお願いごとばかりで私には何のメリットにも喜びにもならない人とは距離を置くようになりました、きっとそのような人は誰からも距離を置かれ気が付けば寂しい老後生活を送るのではないかと思います、そんな寂しい老後を迎えて初めて今までの振る舞いを悔いるかもしれませんが時既に遅しだと思います。
また法人個人の債権債務整理も数年前には全て完了して綺麗になりました、身辺を綺麗にすると本当に流れが整うようになり心がざわつかずに穏やかに日々を過ごせるようになります、穏やかな心には穏やかな心の人が寄ってきます、だから益々穏やかな暮らしになっていきます。
そういえば先日の参院議員選挙を前後してテレビやSNSで還暦超えたいい歳した人達が心がざわざわする発言を繰り返しています、自身のことは棚上げにして上から目線で他者の批判ばかりしています、たいていそういう人は自身も同じ次元にいる人なのです、だから気になって仕方ないのです、還暦過ぎたら他者事には関わらずに自身と向き合い大人しく暮らしましょう、いい歳してお金を稼ぐ目的なのか売名行為なのか解りませんが他者を扱き下ろすのに必死な姿は自己評価に反して極めてカッコ悪いです。