子供の頃から閉所恐怖症ではないのですが扉や襖など部屋の仕切りやクローゼットといった閉じた空間が何故か嫌いなのです、だから引っ越すと必ず最初に行うことがドアや仕切りを外すことです、部屋も仕切りを外してワンルームにしてしまうしクローゼットもドアを開けっ放しにしてタンスではなくオープンラックを入れています。
この理由の一つが空気が淀んで埃が溜まりやすいというのと埃によってダニなどが発生するのが嫌というのがあります、また掃除がしにくいとか閉じた世界が閉塞感を感じて気持ちがよろしくないというのもあります。
でも半面で大好きなものが小箱だったりします、これが自分の中でも不思議な趣向だと思いますが理由は未だに解りません、特に好きなのが天然木でできた小箱です、小箱を見つけると使う予定もないのに買ってしまいます、ラボにもたくさんの小箱があります、またオーディオのスピーカーもその意味では小箱です、だから音も重要ですが置いておきたくなるデザインを選んで買ってしまいます。
また小箱とまではいかないまでも小さめのキャビネットも好きです、小さな引き出しを見るとなんとも言えない魅力を感じてしまうのです、そんなわけで使い道も無い小箱が私の生活空間にたくさんあります、それでも尚もまた気に入ったものがあると買ってしまうという何とも理解しがたい行動をします。
きっと生活空間から切り取られた特別な空間を意識しているように感じます、その切り取られた空間に神秘的な意識が働きます、だから引き出しの中は極力整然とさせておきたいのです、そして不要なものを隠す目的ではなく大事なものをしまっておく空間にしたいと思うのです、これからもどんどん木製の小箱が増えていくでしょう、どの小箱に何を入れておいたかという意識と記憶は私独特のビジネス感覚とマッチしているのかもしれません。
「未必の故意(みひつのこい)」という法律用語があります、これは現在の状況を継続することで確実に犯罪や事故につながると意識していながら止めることをせずして継続させるという行動を指します、また心理的には例え犯罪や事故につながったとしてもそれを受け入れているという何とも悲しい心理状況に陥っていると考えられています。
さて最近こんな「未必の故意」状態に陥っている人が増えてきたように感じています、歩きスマホや暴走ベビーカーを平然と行っている人はこれに当たるのではないかと思います、普通考えれば常識的に危険な行為にも関わらずそれを認知できないのか継続し止めることをしない、完全に脳が理性崩壊し自身の行動に関してネグレクト化していると思います。
これに関していろいろと調べていくうちに脳内ホルモンとの関係性があるということが解りました、ドーパミンもしくはノルアドレナリンが出っぱなしになることによって各種の心理状況に陥るのが解明されており、その一種であると考えられるのです。
ドーパミンやノルアドレナリンは状況変化に応じて瞬間的に出るものですが正常であればセロトニンが出て緩和します、つまり出っぱなしの人はセロトニンが出ない身体になっている可能性があるのです。
脳内ホルモンの機能の多くが食事によって大きく左右します、偏った食事が脳内ホルモンバランスを崩しているとも考えられます、でんぷん(糖質)中心の食事からタンパク質とビタミン中心の食事を心がけることが肝要です、そしてこれらを消化吸収しやすく身体内で機能するミネラルが必須です、現在人の多くはビタミンとミネラルの恒久的栄養失調症とも言われています。
理想郷構築の第一歩となった現在の理想郷オフィスは2年前からこの地へのリーディング拠点として機能してきました、当初は住居として使う予定でしたが新たな住居を購入した瞬間にオフィスとして使えるように計画を変更しました。
その結果、大幅なリノベーションとなり更には追加工事を3度も行いました、この背景には四季を通じてオフィス&宿泊施設として使うための理想的な生活環境を得る目的だったのです。
冷暖房機器を使わなくても夏は外よりもはるかに涼しく、冬は外よりもはるかに暖かくしたいという生活環境が理想的です、そのために床を断熱材で挟んだ2重構造にしたり外気と触れる掃き出し窓3面をサンルームにしたのです。
また使わない別館の玄関は2重ガラスのサッシに変え隙間を埋め太陽光を取り入れられるようにしました、壁も板を貼って2重化し冷暖房効率を高めました、そして四季を通じてその効果を測るために温度計をメインオフィスとして使う場所に設置し計測してみました。
真冬の最も寒くなる時期で冷暖房を全く使わなくても外気はマイナス10度であるにもかかわらずメインオフィスの部屋は3度です、エアコンをつけるとあっという間に暖かくなります。
ただメインオフィス空間は遮温効果は抜群ですが宿泊施設となる別館はイマイチです、それもそのはずで別館の床は手を入れず壁と天井はクロスを張り替えただけです、今後は別館の冷暖房効率を再検討しなければならないと考えています。
「完成は衰退の始まり」です、その信条からオフィスも住居も永久に完成することはないのです、「あの家はいつも工事をしている」、そう近隣の人に思われているうちは進化の過程だということです。
私の基本思考は物に関する事項に関しては究極のマキシマリズムを通しています、必要な時に必要なものがそこに無いというストレスから解放されるためです、しかし空間に関しては必要を感じなければ何も仕切らない何も置かないという空白の空間が実に居心地が良いのです、家は外壁と窓と玄関ドアだけで壁やドアなどは本当に無い方が気持ち良いとまで考えてしまいます。
その思考は庭に関しても同じで限られたスペースに空きが無いほどに植物が植えられた庭を見ると精神的に締め付けられるような気分になり大きなストレスを感じます、また私の大嫌いな「もったいない思考」や「貧乏くさい」に通じるものを感じてしまいどうも好きになれません。
ということで理想郷にあるオフィスや本丸の庭はゆったりとした空間を意識してゼロから作り直しています、木や石だらけだった庭が少しずつ自然な形に生まれ変わっています、庭は人工的に作り込まれた不自然なものではなく自然に溶け込むような情景が理想なのです。
その意味では作り込まれた園芸品種よりも雑木や山野草のような自然形を愉しめる植物が好きです、そして何もないクローバなどのグランドカバー植物だけの広いスペースがあると真に贅沢だなと感じます、スペースが有るから何かを植えないとという感覚は余裕の無さからくるような気がします、そんなイメージから人工的な植物の詰め込み庭が好きになれないのです。
ということでリセットした庭の各所はあえて手を付けずに放置しています、放置していてもあちこちで鳥や風に運ばれた種が芽を吹き気が付くと何種類もの樹木や草花が勝手に生え育っています、その中から好みで残したり移植したり伐採しながら5年ほどかけて理想とする極自然な庭が完成すれば最高です、人間によって作り込まずに自然が勝手に創出した庭、これも一つの私の中での理想郷なのです。
理想郷本丸の土木工事がようやく落ち着きました、そんななか工事の進捗を確認しに本丸に立ち寄った際に左官さんがユンボを使って作業しているのを見て畑の土壌改良と伐採した大量の樹木の処理に大きな穴を畑に掘ってもらえないかと頼みました、快く引き受けていただき手空き時間にやってもらうことになりました。
その1週間後に行ってみたら幅2メートル・長さ5メートル・深さ1.5メートルの大きな穴が綺麗に定規で計ったかのように空けられていてプロの仕事に感動すら覚えました。
おそらくスタッフ2名と3人がかりで手作業で行ったら1週間休まず作業してもこんなにきれいに空かないでしょうし3名とも筋肉痛で動けなくなります、その辺はこの1年の土木作業でよく知ったところです。
ところで本丸の庭や果樹園の不要な木を既に70本以上は伐採しましたが至る所に根が残っています、更には過去に伐採した樹木の根も残っておりつまずいたり目障りだったりで気になって仕方なかったのです、そこでユンボで一気に片づけてしまおうと考えるのは自然の流れです。
そして左官さんの空いている日に半日だけユンボで作業していただくように交渉しなんとかやってもらえることになりました、作業開始から追加のお願いもどんどんやっていただき10本以上の伐根と大きな穴を2つも果樹園に空けてもらい更には2人がかりでも運べない大きな木の根を運んで穴に入れてもらいました。
たったの4時間で人間に換算して100人分以上の作業をあっという間に行ってしまいました、これで伐採した樹木の処理と土壌改良の計画が一気に半年以上も前倒しになりゴールが見えてきました、これが終わってようやく畑や庭の手入れに移れます、地方オフィスの時から各種の厄介事をお願いしている左官さんはスーパーマンのように頼りになります。
ところでユンボとは元々はフランスのシカム社の油圧式ショベルカーの商品名でした、戦後三菱重工業が提携し小型の油圧式ショベルカーを発売する際に「ユンボ」という名称を用いました、これが代名詞のように扱われ日本では小型のショベルカーをユンボと呼ぶようになったのです。
近年では更に小さなミニユンボが誕生し広い庭を持っている個人宅や農家でも所有している人もいます、価格も軽自動車と同じくらいで講習を受ければ誰にでも敷地内であれば使うことができます、というわけで春一番が吹く中でユンボの能力を思う存分知ってしまった今、理想郷に置いてあるのが必然だと思うのは自然の流れなのでしょうか。