この歳になって幸福な老後人生を送る意味を考える時間が多くなりました、その自問自答の中で悟ったことに高齢者になったら「しなければならない」という意識から解放されることが最優先なのではないかと思うのです。
何時を回ったから寝なくてはとか、何時間寝ないといけないだとか、何時になったから食事をしようとか、何を食べないといけないだとか、いろいろな意識に束縛されることから解放されることが充実した老後人生を歩めるのだと思うのです、そういう意味では究極の意識低い系老人がよろしいかと思います。
寝る時間に関しては眠くなったら寝て眠くないのであれば眠くなるまで好きなことをやっていればいいのです、当然に何歳になっても考え事などで眠れない日もあります、その場合は自然に翌日早く寝るようになります、実に身体機能はよくできているのです。
食べることに関しても腹が減ったら食べたいものを食べればいいかと思います、健康上の栄養素に関していえば身体が自分に必要な栄養素を記憶していて不足している栄養素を食べたいと訴えてきたら素直に応じるようにすればいいのです、それがたとえジャンクフードでもいいかと思います。
健康を考えて日ごろからバランスの良い食事をルーティングして身体に記憶させておくと食べたいものを身体が教えてくれます、その意味では健康を過剰に意識するのではなく自然に健康的なものが欲しがる身体を還暦前に作っておくことが重要かもしれません。
若い頃は嫌というほどの「しなければならない」人生だったし多くの人も同じだと思います、であれば還暦超えたら残り人生を好きなように自由に過ごすことが無理を通してきた自分への褒美だと思うのです、高齢になれば若い頃のように身体も思考も無理は利かなくなるのですから、無理のない老後のスローライフが尊いと思います。
ついに食料品の消費税が実質ゼロになる日が来るかもしれません、実質ゼロというのはゼロではなくて1%ということで政府の回答が出て早くも国会決議を得て成立させようとしているのです。
ここで0%ではなく何故1%かということが重要です、ITに詳しい人なら即理解できるのですが多くの人は理解に苦しむと思います、IT技術で言うと1%と0%は雲泥の差なのです。
過去日本で初めて消費税の導入が決議された際には実施が2年近く先になりました、この間に会計関連のIT企業は徹夜の連続でシステムの改修を行いました、その際には次に消費税が変更されてもシステム変更をしなくてもメンテナンスツールで変更できるようにしていたのです。
つまり、今回食料品だけ消費税0%にするのはシステムを変更しなければならず実施までに1年以上かかると予想されます、理屈は簡単で「0」を掛ければどんな数字も「0」になるからです、ところが1%であれば先のようにメンテナンスツールで税率変更すればよいだけになります、これであれば半年もかからず実施することが可能です。
つまり政府はこういった現場の意見を慎重に吟味して1%でいくことに決めたものと予想できます、決めたら即実施が評価され支持につながるのです、高市総理は経済に強くその辺りの所謂経済三大原則の一つである「マインド」をよく理解していると感心します。
何れにしても近いうちに食料品の消費税が1%になると思います、ただし消費税込み価格でこれまで営業してきた飲食店などでは価格はそのままになります、そういった飲食店は消費者に直接還元されずに利益幅が増えるでしょう。
でも誰かに流れるお金が増えれば間接的に還元されるお金が増えるのです、経済循環理論を理解していれば歓迎されるべき施策だと思います、時間は一方通行でお金はグルグルと回るもの、こう考えるとお金をより得るにはどうしたらよいかが理解できると思うのです、まずは与えられることを意識せずに自ら与えることです。
還暦を超え更に年齢を重ねるにつれ各種の老化現象を体験してきます、そんな老化現象の一つに笑い話にしかならないオカルトみたいな現象があります、それは「歯の自然脱落」というものです、これは治療しているわけでもない健康な歯がある日突然痛みもなく抜け落ちる現象です。
先日も1本食事をしていて抜け落ちました、最初は食品に硬いものが入っているのかと思ったら自分の葉だったのです、本当に笑い話のような事実です、痛みもほどんどなく血も出ません、子供の頃の乳歯が抜けるような感じでポロっといきます。
この歯の自然脱落の前兆としては治療を1度もしていない健康な歯なのに痛みもなく急にぐらぐらしてきます、医者に診てもらおうかと様子見しているうちに浮いてきたなと思ったらあっという間に抜けてしまうのです、この間は1ヶ月もありません、2年前にも1本経験しているので今回は特に慌てることもなく受け入れられました。
歯は一番寿命が長い犬歯でも62年です、つまり乳歯から永久歯に生え変わってからの年齢を計算すると70歳以前にほぼすべての歯は寿命を迎えているということです、還暦までは親知らず以外で歯の治療をしたことがない私ですが、流石に自分ではどうしようもできない老化現象に驚きます。
ところで高齢者になって歯の自然脱落を経験しない人は継続的に歯の治療を受けていた人ではないかと思います、歯が丈夫な人ほど治療していないので天然で無傷のまま寿命を迎えます、そして突然ポロっといくわけです。
ケーブルの硬いビニール被膜をニッパー代わりに噛み切ってしまうほど丈夫だった歯に感謝しつつ人工の歯を甘んじて受け入れることにしましょう、そしてスローライフを大いに愉しむためには身体のどの部分にも憂いのない状態を継続させること、これを一番に考える今日この頃なのです。
野菜栽培をベランダで初めてから10年以上が経ちました、この間には水耕栽培やハイドロカルチャーなどの土を使わない栽培方法なども各種やってきて思うのが野菜は土で育てるのが一番良いという結論です、野菜本来の繊維質や味など同じ野菜でも土の方が断然良いものが収穫することができます、また同じ期間での収穫量でも土に軍配が上がります。
その意味では土壌の研究も各種やってきました、水はけがよく水持ちがよい、そんな相反するような構造の土が最も野菜が元気に育ちます、そのためにいろいろなものを土に混ぜて実験してきました、そしてもう一つ土壌構造に加えて土壌菌の質も野菜栽培に重要なことが解りました。
その土壌菌のなかでもカビの仲間である糸状菌の存在が必須です、この菌が土壌に適正数存在すると地力が高いといい存在しないもしくは存在数が少ないと地力が低いといいます、この糸状菌は面白い性質を持っており植物の根と絡み合って根に栄養素を伝達するのです。
しかし多くなりすぎると植物を分解して枯らせてしまいます、ここにも土壌の状態から見えない菌の存在や状態を見極め菌をコントロールできるノウハウが重要になります、これも全てベランダ菜園を通して何度も何度も実験を繰り返して自身の目で確認した結果において糸状菌をコントロールできるようになったのです。
そしてこのノウハウを農地栽培に応用して新たな野菜作りの方法を編み出せたのです、少ない面積でしかも短期間に大量の野菜を作るにはどうするか、傍から見たらベランダで発砲スチロールやペットボトルで遊んでいるようにしか見えないでしょう、でも私なりの考えが正しいかどうかを何年もかけて実験していたのです、菌は本当にすごいパワーを秘めているのです。
野菜栽培だけではなくアフターハーベストにおいても各種の菌の性質を知って自由に扱えるようになると本当に愉しいです、オーバーな話ですが食生活を何倍も価値あるものにさせてくれます、同じ食材でも菌の力を借り熟成するまでの時間を惜しまなければ極普通の肉や野菜が高級食材に変わるのです、そして食べて美味しく健康と長寿の薬に変わるのです。
誰が使いだしたのか日本国内で同時多発的に「ギュられる」というネットスラングが使われるようになりました、ちなみに「ギュられる」とは「AIが人間の能力を超える瞬間」という「シンギュラリティ」から発祥し「AIが人間の職を奪っていく」ことを意味しています。
またこれが世界に飛び火して日本初のネットスラングがそのまま英語になっています、ちなみに英語圏のネットスラングでは「get gyu-ed」と言います。
ここで多くの人が「シンギュラリティ」の本来の意味を取り違えていることを指摘したいと思います、勿論AIに限定して言うのであれば「AIが人間の能力を超える瞬間」でも間違いではありませんが、本質的には「進化によって元の世界には戻れない状況」ということを指しています。
例えば携帯電話の誕生によって公衆電話やテレホンカードが世の中から消えていきました、eメールの普及によってFAXが使われなくなりました、CDやDVDの誕生によってフリッピーディスクが消えました、つまりあるモノの誕生や進化によって淘汰されるモノがあり元の世界には二度と戻れないということなのです。
これは職種に関しても例外ではありません、ある技術やサービスの誕生によってこれまでも多くの職種が淘汰されてきました、電話交換手やキーパンチャーなどは一時期は花形職種と言われ数万~数十万人もいましたが現在一人として存在していません。
今はAIの普及によって多くの人間の職が奪われていく途上にあります、ITを仕事としている企業でさえプログラミングや試験をAIが行うようになり技術者余りが起きています、つい2年前まではAIの仕事が増え技術者不足という状況だったにも関わらずです、AIを造った者がAIによって滅ぼされるという悲劇が起きているのです。
AIは今後益々進化を遂げていきます、大手企業にあって専門職と言われていたコンサルタントやアドバイザーもAIが行うようになっていくでしょう、士業もうかうかしていられません、各種の法務書類作成も申請代行もAIが行ってくれるのですから。
過去に起きたバブル崩壊やリーマンショックで起きたリストラの嵐、シンギュラリティの現実味はこんなものではありません、これまで築いてきた人間社会の価値感までも大きく変えてしまう可能性があるのです。
そんな時代にどう生きていくのか、そろそろ真剣に考えるべき時がきていると思うのは私だけでしょうか、こういう時代はAIを積極的に取り込み共存していくのか、それともAIに頼らなくてもよい自然を相手にした人生をまっとうするかのどちらかでしょう、中途半端な生き方で世の流れに翻弄される人は確実に淘汰されていくのです。