他者に知られたくない事実や見せたくないもの。
これを隠し通すには大きなエネルギーを消費する。
このエネルギー損失は極めて大きい。
ビジネスもプライベートも隠し事は作らないことだ。
明るみに出ることでマイナスに作用すると考えるのは、
自分自身のプライドや拘りの問題だけである。
それが明るみになったからといって、
周囲の人は何事も無かったかのように受け流す。
憂いの無い人生を送りたいのであれば、
隠したい事実を隠そうとしないことである。
意味の無いエネルギーをもっと有益な事に使うべきだ。
不動産投資で大損してしまった、
でも友人は株式投資でもっと損しているからましか?
新事業が上手くいって僅かだけど利益が出た、
でも友人の企業はM&Aで莫大な利益を出して悔しい。
このように、他者比較とは実に哀れな心情を引き起こす。
損失は損失であり、利益はあくまでも利益なのだ。
他者比較行為は冷静な自己分析を誤らせる。
今の状況を冷静に把握するなら比較対象は自分自身。
5年前に比べて今はどうだ、1年前の状況と何が違う?
成長しているのか否か、幸福なのか不幸なのか?
常に過去の自分と比較して現状を冷静に把握することだ。
聞かれもしないのに先に話す「予防線」という心理。
予防線を張ると相手はそれを強く意識するようになる。
つまり思惑とは裏腹に逆効果になるということだ。
もしも他者に意識してほしくない事実が有るのであれば、
それをあえて口にしないで秘密裏にしておくことだ。
若さとはある意味では正直で良いところもあるが、
こういうところで若さを披露していては成功は遠のくだけだ。
安く見られたくない心理が逆に株を下げることになる。
褒めることで成績が上がるという児童心理がある。
この現象を「ピグマリオン効果」という。
これを成人に対して行った実験結果が極めて興味深い。
自律した常に実績を残している有能な人には、
一切「ピグマリオン効果」を認められなかったという。
これらから推測すると、
「ピグマリオン効果」の本質とは、
他者に認められたいという承認欲求と、
期待に応えようとする共感性を表像しているに過ぎない。
さて、褒められて育つ成人とはどんな人なのだろうか?
まさに「事実は小説より奇なり」とはこういうことだ。
「絶対に家族を守ります」、
どうしてそんなにも簡単に言えるのだろうか?
家族を守るとという本質は精神的な問題ではない。
あくまでも物理的な結果が最も重要なのだ。
だから「守る」という言葉を吐く人に限って守れない。
自分の弱さ未熟さを認めず、
嫌な事象から逃げてばかりの人がどうして家族を守れようか。
弱い自分が家族を境地に立たせているのかもしれない。
ここまで思考できて初めて家族を守れるようになる。