今や世界中で異常気象の災害が報道されています、日本も昨年に続き九州や中国地方などでは豪雨による災害が多発していますが中国では1000年に一度と言われるほどの豪雨による災害で多くの被災者が出ています。
また真夏でも30度を越えることがないカナダで50度という猛暑、アメリカのカリフォルニアでは55度という高温記録を塗り替えました、この原因として地球規模での温暖化とされていますが要因がCO2(二酸化炭素)によるものだと言われています。
私は勿論この影響も多分にあると思いますが一部の科学者が10年以上も前から論文を上げている太陽活動期の問題の方が大きいと考えている一人です、太陽は11年周期の極反転による活動周期と500~600年という長いスパンでの活動周期があることが既に知られています。
これらは地質や樹木に含まれる残留宇宙線量を計測する事で間接的に太陽の活動を知ることができるのです、日本でも多くの大学や研究所が継続的に各地で調査しています、この長い周期の活動期の始まりは直近では1900年辺りから始まっているのです、つまりこの先更に200年以上は太陽の活発な変化が継続する可能性があります。
また活動期は拡大と縮小を激しく繰り返します、つまり熱い期間と寒い期間が交互に数年単位で繰り返されると考えられます、ここが重要なポイントです、灼熱の年もあれば氷河期かと思えるような年も突然やってくるのです、そして現在の科学では短期の気象予想はできても数十年という長期間の気象予想はできないのです。
人類が地球に生まれて200万年、先人たちも同じような過酷な環境を工夫を凝らして乗り越えてきました、我々もまた工夫を凝らせば乗り越えていけるでしょう
私はあの世に逝くまではできるだけ快適に暮らしたいと考えて暇さえあれば理想郷の場所選びをしています、まず1日の気温変化が少ないのは海の近くです、海水温は昼と夜ではほぼ変化しません、季節によってのゆったりとした変化のみで安定しています。
とは言え偏西風をもろに受ける日本海側は黄砂やPM2.5、そして豪雪のリスクがあります、逆に太平洋側は地震による津波や台風などのリスクがあります、これらを考えると内陸部が良いのかとも思えてきます。
こういった災害などを考慮すると幾つかの場所が見えてきます、地球規模での異常気象や災害を思考し工夫によって避ける方法を模索する、安全安心を手に入れるのは自分が最も納得する方法を考えて実行することだと思うのです、自分が納得する方法ならどんな状況になろうとも後悔することもないでしょう。
「理想郷」というと多くの人は概念として捉え具体的な形として捉えている人は極めて少ないと思います、私の「理想郷」とは昔から具体的な形あるものを指し逆に概念として捉えることはありません、この具体的なビジョンとして理想郷が常に頭の中でイメージするようになったきっかけは大学時代に遡ります、当時何かの雑誌で知った武者小路実篤が作った「新しき村」の記事があまりにも鮮烈で大きな衝撃を受けたことを忘れることができません。
武者小路実篤は「他者に頼らない個々人が自立した世界の創造」を旗印とした理想郷を目指して1918年に宮崎県児湯郡木城町に「新しき村」を開村しました、第二次世界大戦中は一家族になってしまいましたが何とか存続しその後ダム建設により現在の埼玉県に本拠地が移されました、移転後も当時の拠点は「日向新しき村」として本拠地と別れて存続しています。
現在埼玉県の本拠地の村内生活者数は13人で村外村民は約200人であり県から特別財団法人の認定を受けて農作物を収益源としています、この「新しき村」における理想のビジョンが「個々人が自立した社会」であり私はこれを将来ブロックチェーンを用いてインターネットの世界でも「バーチャル村」を実現してみたいと考えています、これが自立分散型社会(DAO)の実現です。
更に具体化した「理想郷」の姿が確立したきっかけは畑正憲(ムツゴロウ)が1972年に北海道に作った「ムツゴロウ動物王国」です、著書に魅かれて多くの若者が共同生活に参加しテレビでも大いに取り上げられていました、その後「ムツゴロウ動物王国」を東京にエンタテイメント化してオープンさせたのですがスポンサー企業が僅か数年で破綻し現在は本丸の北海道だけに存在しています。
「新しき村」や「ムツゴロウ動物王国」を知って半世紀、当時の鮮烈な記憶が今もなお消えることはなく具体的に思考するようになってきました、夢を馳せて半世紀は長くもあり短くも感じる奇妙な時間感覚です、この半世紀の間に何度となく実行に移しかけては頓挫してきた代物で残りの人生をかけてやりたいことなのかもしれません、他方30代から本業とは分けて行ってきた各種のサイドビジネスは点と点を繋いでいくと「理想郷」という一つの方向へ向かいます。
例えば私の理想郷にはハーブやスパイスを中心とした野菜を栽培する畑が広がっています、畑の脇には新鮮な卵を生んでくれる鶏が放し飼いにされています、味噌・醤油・酢にチーズやハムの熟成小屋に菌工房が隣接し脇では自然栽培されたエリンギなどのキノコ類が生えています、年中安定的に葉野菜が収穫できる水耕栽培実験小屋には水循環実験用のプールがありニジマスなどの淡水魚が水循環プールの中で養殖されています。
ロケーションはちょっと歩けば釣りにまた山に入れば野草や山菜採りが楽しめます、数人なら自然な幸と自前の新鮮な卵に魚、そして常に新鮮な野菜と熟成されたハム・パンチェッタ・納豆・チーズとお酒以外は買い物しなくても自給自足するには充分です。
またジャズと映画とカラオケを思いっきり愉しむためシアタールーム付きの合宿用ログハウスが別館として敷地内に在ります、ログハウスでは学問や健康などのカルチャースクールに道楽事のワークショップや塾の開催を合宿方式で行えます、更にはジャズと映画を愉しみ仲間とカラオケパーティもできます。
母家は情報配信基地を兼ねています、各種のサイトへの情報配信で自己年金の為の経済循環を起こします、若い世代の人を雇いデジタルマーケティングを実践を通して教えることでボケずにすみそうです、スタッフも大自然に触れ大いにリフレッシュできるでしょう。
老後にインターネット全盛時代を堪能できるという実に良い時代に生まれてきたのかもしれません、信頼できる大勢の事業パートナーと「他人の身内」の存在がいれば何処にいてもパソコンさえあれば託した全ての事業をリモートで把握し適切なアドバイスを行いながら経済循環を興せるのですから。
理想郷の実現は一人では不可能です、多くの事業パートナーと「他人の身内」の存在によって生活のための経済ベースが維持継続されてこそ道楽を憂いなく実現できるのです、生まれ落ちる自己年金で数人分の経済ベースは不安なく得られることでしょう、そして事業パートナーも「他人の身内」も一人で頑張るより本当にやりたい事ではるかに多くの収益を得ることでしょう。
理想郷は決してアイデアなどではありません、自身の知恵と労力で汗水たらして築き上げ具体的なリアルな人による永続的な経済循環を興すことがベースにあるのです、周囲の人が潤うことで結果的に自身にも回ってくるのです、まずはそれぞれが動ける時に他者に与えられるだけ与え動けなくなったら今度は他者から与えられる自己年金という権利を獲得することが重要です。
隠居後には何処に行っても自由勝手できる我が家のような拠点もまた国内外に多数存在するのでしょう、本拠地や各所の拠点で事業推進する者、国内外の各所で経済循環事業を推進する者、これらの家族含めてすべてが私の「理想郷」なのです、私の目指す理想郷は物理的な存在ではなく心置きなく好きなことを自由に行える環境そのものです、その為に必要な場所と設備と家族となる仲間を得ようとしているに過ぎません。
「隠居」と「移住」を何かとセットで考えてしまう自分がいます、隠居後のことを考えるとどこに移住しようかとつい移住先を検索しては探してしまうのです。
さて移住と言えば昨日発表になった「移住したい都道府県ランキング」ですがなんと今年も1位は「長野県」で15年連続の1位に輝きV15を達成しました、私の故郷である長野県が15年連続1位とは大変嬉しいのですが私は高校生までずっと長野県で暮らしてきたのでその意味も理由も良く解ります。
まず水です、長野県内の水道の多くの採水地が湧き水のでる河川で本当に冷たくて美味しいのです、山村地域は個別で井戸から直接採水しておりカルキゼロの天然ミネラル水が蛇口をひねれば何時でも飲めるのです、これ水割りにして飲むと本当に美味しいです。
また空気の綺麗さは日本一です、これといった排煙地帯も無く多くは高台にあるので澄んだ空気で夜はいまだに天の川が見えるほどです、信州の山頂にはずらりと国立天体観測所が在るのは必然です。
雪が多いのではという印象を持つ人もいますが、これは誤認識であり雪が多いのは新潟県境だけでその他の地域は冷え込みますが降雪はほとんどありません、冬はほとんどカラッとした晴天に恵まれています。
長野県の中央に位置する松本市が私の故郷ですが夏の夜はクーラーが要らないほど涼しく空気が美味しいと感じるのです、これは東京に出てきて改めて強く感じました、また天然食材が豊富にあります、東京や大阪で食べられている高級食材である天然の山菜やキノコ類の多くは長野県産です、山菜摘みを生業にしている人もいるくらいで年収はサラリーマンの平均以上という高収入です。
更には松本周辺は高原野菜の宝庫でキャベツに始まりアスパラガスなどは凄く甘く蒸してオリーブオイルと岩塩を振るだけで高級レストランのメニューになっているほどです、水や空気が綺麗なのでワサビやキノコの栽培にも好都合で天然ものも合わせて出荷量も日本一を誇ります、また松本周辺は牛肉や豚肉に加えて馬肉や羊肉が昔からよく食べられており興味深い肉と野菜を合わせた郷土料理が非常に多いのです。
男女共に長寿県である長野県は移住したいと思うのは納得できるものがあります、居住地は高台が多いので年間を通して気圧が低く活性酸素も少ないのです、更にゲルマニウムなどの微量の放射性物質が入った温泉が多く、こういった地域には多くの癌の療養所が所狭しと並んでいます。
末期癌の人も1年ここで温泉に入り温泉水を飲み岩盤浴をして療養すると薬も飲まずに自然に治ってしまったという人も多いと聞きます、海外の政治家や資産家も極秘でこういった療養所で治療しているといいます、癌治療の穴場として都内の医療機関から紹介されるケースもあるそうです。
私は今更という気持ちなのですが両親亡き後も守ってきた実家がこういった温泉地に存在しています、実家のすぐ裏手には長期滞在できる療養施設兼旅館がずらりと存在しています、薬湯の大衆浴場やスパが歩いて数分のところにありますのでリゾート感覚で愉しめます、父が残した民芸家具や調度品、そして大型フロアスピーカーに真空管アンプ類と私の大事なオーディオも多数保管してあります、隠居後の夏場の別荘として活用するという手もあるかなと密かに計画しているのです。
2018年5月、ベンチャー企業の投資育成事業を行う目的で2016年暮れに設立した法人がチャレンジを飛び越えて無謀とも思える一般企業でありながらも第二種金融免許取得を目指し新オフィスに移転しました。
1年後のつい先日のこと関連法人2社も続いて移転し旧オフィスはグループ企業のマネジメント法人と飲食事業法人のサテライトオフィスとして残すことになりました、引っ越しと同時に旧オフィスには大型冷蔵庫を設置し飲食店コンサルティング法人の新メニュー開発や本格的な有益な菌の研究、また自家製醗酵食品の研究を行うラボ1号として生まれ変わりました。
昨年5月の移転後には空っぽになったオフィス内をすべて天然木をそのまま利用したラックやテーブルを設置し、また大型の観葉植物の鉢を所狭しと置き1年かけて有益な常在菌にとってこれ以上ない環境を作り上げました。
現在オフィス内は生木のツーンとした爽やかな香りのするマイナスイオン豊富な空気に包まれています、この環境下は米のとぎ汁を1日置いておくだけで乳酸菌醗酵し茹でた大豆を藁で包んで置いておくだけで納豆になります。
改めて菌を入れるとか余計な事は何もしないで自然のままで醗酵するのです、野菜や果物も冷蔵庫に入れなくても腐敗することなく何時までも新鮮な状態を保持しています、梅雨の時期でもカビは一切発生せず冬でも植物は枯れることなく元気に成長しています。
暑い季節は植え替えたばかりの観葉植物の土にカビが生えるものなのですが部屋に入れておくと2日ほどでカビが自然に消えてしまいます、新しい土には土壌菌がいないのでカビてしまうのですが部屋の中の他の観葉植物から土壌菌が自然に移植され土が活性化した証拠です。
今後の計画では2年間培養してきた麹を使って手作りの生ハムやチーズ作りを実験したいと思います、そして常在菌でシールドすれば都会でも醗酵工場ができるという自論の証を作っていきたいと思っているのです。
またラボ1号は食と健康の実験工場としての存在だけではありません、グループ法人のマネジメントに関する事項やIT事業及び陰陽五行を現代版にした学問の重要なるロジカルシンキング空間でもあるのです、常在菌パワーなのかここにいると嫌な事を忘れ前向きな気持ちになり次々に新しい発想が生まれてきます。
今年に入ってから半年で4件の特許出願と3つの新たな事業創出のアイデアはすべてこのラボから生まれました、以前はじっくり考えたいときは家に籠りましたが最近ではこのラボがその場所となっています、土日ともなれば早く来たくて5時前には目が覚めてしまいます、「新たな城を手に入れた」ような心境の昨今です。
ここは18階で周囲に高い建物は何も無く新宿の高層ビル群や六本木の高層ビルも眺められ晴れの日には富士山がくっきりと見える眺望です、特に夜景が絶景で部屋を暗くしてビール片手にロジカルシンキングを行うには持ってこいの空間です、まさに天守閣、私にとって重要な研究拠点(ラボ)として生まれ変わったのです。