春になると多くなるニュースの一つに毒草を野菜や食べられる野草と間違えて誤食してしまったというのがあります、入院ならまだ良い方ですが亡くなってしまったニュースには心痛みます。
横道にそれますが、子供の頃は春になれば山菜摘みに秋になればキノコ狩りに近所の子供等と山に入りびたりだった私は食べられる野草と毒草はほぼ正確に見分けられます、ここ理想郷の地ではそんな子供の頃を思い出させてくれる懐かしい山菜や野草と多種出会います。
それらの味を思い出してはスタッフに実際に食べられる野草を食してもらっています、この裏には旬の味覚と食べられる野草を身体で覚えてほしいと思っているからです、高級料亭に行かなくても東京のデパ地下でお金を支払わなくても、ここには買えば高額な旬の高級天然食材が多数あるのです、そもそもそれを確認しての物件購入だったのですから。
話しは戻しますが、冒頭のニュースで私が大きな疑問を感じるのが見分けがつかなくて口に入れてしまったことは私にも多々あるので理解できますが、何故口に入れた瞬間に食べられない野草だと気づかないのだろうかということです。
子供の頃教えてもらったのは食べられる山菜に似ているけどはっきり解らないときには一口噛んでみるということです、毒がある場合は口の中がしびれるような強い苦みがあります。
逆に酸味やミネラルからくるエグ味のあるものは不味くても毒は無いと考えても良いと思います、ただしこれは一つの目安であり無味無臭の毒草もありますので注意が必要です。ちなみにエグ味とは赤ワインを飲んだ時に感じるギュっとくる味やクリやクルミの薄皮の舌にザラっとくる味です。
ほとんどの山菜や野草の毒の多くはアルカロイドの一種であり強い苦みがあります、山菜特有のミネラルやフィトケミカルに起因するエグ味とは全く違う味です、そしてアルカロイド類は過熱しても消えることはありません、つまり口に入れた瞬間はっきり解ると思うのですが何故飲み込んでしまうのか不思議です。
ただし強い苦みがある野草でもタンニンによるものは大量に食べなければ灰汁抜きすれば美味しく食べることができます、この辺は経験によるものが大きいと思います、アルカロイドの苦みとタンニンの苦みは経験者ならすぐ解るでしょう。
もう一つ不思議なことは庭で取れた山芋に似た根を誤食してしまったというのがあります、園芸植物の中には山芋にそっくりの太い根を作るものやヨモギにそっくりな強毒性の植物などが多数あります、試したことが無いのになぜこれを食べてしまうのでしょうか。
植物の毒は命取りになることがあります、思い込みで食べることは絶対にしないでほしいと思います、先の山芋そっくりの根はグロリオサという園芸種の根で切っても粘液でぬるっとして本当に山芋そっくりです。
また観葉植物で人気のクワズイモの幼苗はサトイモそっくりです、ケシの仲間の幼葉はヨモギそっくりです、蘭の仲間の幼苗はニラそっくりです、植物は思い込みだけで絶対食べない、これに尽きます。
最後に怖い話になりますが昨年のニュースで買ってきたヤマイモの種芋に毒がある別種の芋が混じっていたのを解らずに育てて食べてしまったという事例もあります、これは誤食というよりも防ぎようもない悪質な事件です。
ただ経験に基づいた知識があれば植える前に解るし食べるときにも解ります、何事も身を守るのは経験から得た生きた知識が重要だということかもしれません、その意味においてスタッフには年間を通して天然の山菜や野草を身を以て教えているのです。
一寸先に何が起きるか解らない時代です、ある日突然サバイバルゲームの主人公になってしまうかもしれません、そんな時代は来ないなんていう保証はどこにもありません、戦争はまだしも自然の力による天災は避けては通れないのです。
ここ日本には多くの近未来に起きる大天災の種がたくさん在ることはほとんどの人は知っています、でもそれが来た時のことを考え今から準備している人は何人いるでしょうか、赤信号はみんなで渡っても危険なことに変わりはないのです、自分の身は自分で守ることに尽きるのです。
理想郷拡大計画第一弾が一時中断となりましたがその間に第二弾での農地拡大計画が先に実現してしまいました、一昨日に本丸の裏に広がる9筆2100坪の購入契約を締結しました、これで理想郷の地は一気に3倍となり約3000坪となりました。
ただ、これらの土地の半数は現在協会を通して他者に貸している状況です、つまり自分の土地なのに全ての土地を好き勝手に使えるようになるまで約5年ほど待たなくてはなりません、でもそれも全て計算に織り込んでの地位継承条件付きの契約ですので何らの問題もありません。
逆に広すぎる土地を今全部手に入ってもマンパワーの問題で多くを遊ばせてしまいます、そういった計画では農業委員会が認めず農地を確保することはできません、そこで現行の第三者への貸借契約を引き継ぐ形での早期契約締結となったわけです。
私は物事を実行する際には最終的なゴールを決めたら必ず長期計画で実行します、つまり無理なくゴールにたどり着く確実な計画を立ててから実行し、そして計画通りに粛々と準備を進めながらゴールに確実に近づいていく戦法を取ります、これが成功する方法だと45年間のビジネス経営を通して解っているのです。
今やるべきことは広い土地が全部使えるようになった際に何をして収益を確保するか、その為にはスタッフは何人必要か、それを実現する年間予算は幾らになるか、またその状況になるための研究実験とノウハウの蓄積を並行して実施していくのです。
そして私にとってはこれらの施策が最も愉しい時間なのです、この愉しい時間が長く続けばいいなと考えていれば5年などあっという間に来てしまうのです、思いたったが吉日とばかりに計画も準備も無く突っ走る人がいます、それはそれで良いとは思いますがゴールまでの道のりを愉しむという最も充実した時間は二度と帰ってはこないのです。
だからできるだけゆっくりとゴールにたどり着くのが尊いのです、そして辿り着いた時がまさに理想郷の完成ということです、ただし私にとっての完成は衰退の始まりでもあります。
だからずっと何かを行い進化を継続させ完成しないことを善しとする自分がいることを自覚しています、理想郷が留まることなくどこまで拡大し続けるのか今は私にも解りません、継続の中にしか答えは無いのです。
今年は1月中旬より花粉が飛び始めており例年よりも早く花粉症の季節がやってまいりました、特に3月中旬からの勢いは過去最大ではないかと言われており私は外ではまともに目を開けていられないし、鼻水が止まらず花粉を常に意識しなくてはならない生活を余儀なくされています。
ところで私が花粉アレルギーを最初に発症したのは30歳代前半の春ごろ出張である地に行ったときです、急に目に違和感を感じて涙が止まらなくなりその後恐ろしいほどの目の痒みとくしゃみに襲われました、ホテルに戻って目を水で流したら少し落ち着きましたが翌朝今度は鼻水が止まらず喉の痛みと熱もかなり上がっているのが実感できました。
東京に戻りその足で珍しく病院に行きました、これまでに経験のない症状で何か変なウイルスにでも感染したのではないかという怖さが沸き上がったからです、診察の結果は花粉アレルギーということで人生で初めて花粉でアレルギーを起こすことを知ったわけです、その数年後にニュースなどで花粉情報が出るようになり花粉症が一般的に知られるようになりました。
私のアレルゲンとなる花粉は多くの人が引き起こすスギも例外ではないのですが特にハンノキとブタクサに強烈に反応するようです、季節的には早ければ毎年12月後半から4月中旬くらいまでで5月の連休を過ぎると急に楽になります、こんなことが30余年も続いているのです。
そして新たに判明したアレルゲンがあります、それはヒノキです、先日理想郷の本丸に植えられている約50本のヒノキのうち10本ほどを剪定した際に目に見えるほどの花粉が飛散しアレルギー症状を起こしてしまいました、2週間前にも剪定したのですがその際には起きなかったということは花粉がまだ飛散しない時期だったと推察できます。
ところで海外に行くと花粉シーズンにも関わらずまったくアレルギーを起こさず快適なのです、つい先日も台湾に行っていたのですが気温的には東京とほとんど同じでしたが花粉症状は全く現れず快適でした、そんな経験をしてしまったので寒さが厳しくなる頃から4月いっぱいまでは台湾で過ごそうかななんて考えたりします。
さて、ここ理想郷の地は私がアレルギーを引き起こすハンノキや先日判明したヒノキが多数自生している地で東京にいるときよりもひどい日がありました、他にも四季折々に数々の花が咲き乱れているのでどの花粉でアレルギーを起こしているのか解りません。
ただ私は前向きに捉えていて花粉アレルギーを寛解(かんかい)させるビックチャンスになるかもしれないと考えているのです、というのは私は子供の頃に卵と甲殻類アレルギーで全身に発疹ができ呼吸困難になるほどアナフィラキシーショックがひどかったのですが軍医だった父親の荒治療で中学に入るころにはほぼ寛解していたのです。
そんなわけでアレルギーはいつかは寛解することを身をもって体験してしまっているので前向きに捉えることができるのです、ビジネスもプライベートもそして病も逃げずに自分を信じて立ち向かう、子供の頃からきっとそんな逃げずに果敢に戦い続ける荒治療思考がしっかり身についてしまったのかもしれません。
本丸住居のぶち壊しや床下の基礎工事が完了しいよいよ本丸住居の内装工事が始まるというこの期に及んで何と私の中に大きな違和感が湧き上がってきたのです、それは本丸は近代農業の研究・実験する場所になっても永住する場所にはなり得ないという感覚です。
理由はいろいろあります、一番は南側に小高い山があり冬場に朝日が差し込むのが極めて遅い時間帯になるということです、これは私が過去研究した陰陽五行思想に反しています、つまり健康などを含めて考えるに気の流れがよろしくないということです。
陰陽五行思想では生活するうえで最も良い環境として東と南側が開けており清い水の流れがあること、そして西と北側には山があることとしています、これは朝一番で日光が差し込み夕方には日光を遮り北風を防ぐために四季を通して考えるに最適な環境だということが解ります。
四季折々に何度も本丸に来ては日光の差し込みや風の向きなどを観察してきてこの冬に違和感の原因が一気に理解できたのです、そして少し北西側にずれたところにある家は南側の山の影響を受けずに朝日が日の出と共に差し込んでいます。
もし本丸のエリア拡大計画でその北西の家辺りまで買い込めるようならその辺りに住居を構えようと思っています、ちなみにその辺りには家がポツンポツンと建っており数年もすれば売りに出すかもしれません。
そんなわけで永住の住居にしようと考えていた本丸の住居は農業の研究・実験する施設と果実などの加工工場として使うように計画変更です、また休憩や気候の良い季節の宿泊所としても使えます、つまりここ本丸の地は圃場ということになります。
住居として使うのでないなら冷暖房効率を考えてのサンルームは不要となり床や壁も一般的な仕様となるので特注部分がなく工事もスピーディで安価になります、設備も全て拘りを捨て簡易なスタンダードもので充分です。
ということで本丸に永住したいと考えていた計画は一旦白紙になりました、ではいったい私の永住の住居はどこになるのでしょう、老後の生活環境を考えると意外な所に落ち着くのかもしれません、それは天の時が来れば解ることです、天はまだ永住の場所を決めるのは早いと言っているのですから、今はただただ天の声を素直に聞き受け入れるとしましょう。
理想郷構築の第一歩となった現在の理想郷オフィスは2年前からこの地へのリーディング拠点として機能してきました、当初は住居として使う予定でしたが新たな住居を購入した瞬間にオフィスとして使えるように計画を変更しました。
その結果、大幅なリノベーションとなり更には追加工事を3度も行いました、この背景には四季を通じてオフィス&宿泊施設として使うための理想的な生活環境を得る目的だったのです。
冷暖房機器を使わなくても夏は外よりもはるかに涼しく、冬は外よりもはるかに暖かくしたいという生活環境が理想的です、そのために床を断熱材で挟んだ2重構造にしたり外気と触れる掃き出し窓3面をサンルームにしたのです。
また使わない別館の玄関は2重ガラスのサッシに変え隙間を埋め太陽光を取り入れられるようにしました、壁も板を貼って2重化し冷暖房効率を高めました、そして四季を通じてその効果を測るために温度計をメインオフィスとして使う場所に設置し計測してみました。
真冬の最も寒くなる時期で冷暖房を全く使わなくても外気はマイナス10度であるにもかかわらずメインオフィスの部屋は3度です、エアコンをつけるとあっという間に暖かくなります。
ただメインオフィス空間は遮温効果は抜群ですが宿泊施設となる別館はイマイチです、それもそのはずで別館の床は手を入れず壁と天井はクロスを張り替えただけです、今後は別館の冷暖房効率を再検討しなければならないと考えています。
「完成は衰退の始まり」です、その信条からオフィスも住居も永久に完成することはないのです、「あの家はいつも工事をしている」、そう近隣の人に思われているうちは進化の過程だということです。