物事の原理原則を知らずに思い込みによって誤った方法を思考しては実行し最悪な結果を残す人が後を絶ちません、先日のことスタッフの一人が何とも言えないきつい匂いを発しているので匂いもハラスメントになることを注意しつつ何故そうなったかを推測しました。
彼は夏場の体臭を気にして洗濯の際に洗剤を規定量よりかなり多く入れたと思うのです、匂い成分を私なりに分析すると明らかに体臭に洗剤の匂いが相まった匂いですので明らかに洗剤の使い方を勘違いしていると推測できました。
そもそも洗剤が汚れや匂いを落としているのではありません、洗剤とは汚れや匂い成分を繊維から分離させる界面活性化という働きをするものです、洗濯の化学とは洗剤ではなく水そのものが汚れや匂いを分子構造の隙間に取り込むことによって汚れが匂いが落ちるのです。
そして水は一定の分子量しか取り込めません、したがって洗剤を規定量以上使うと水に汚れや匂い成分の分子が入り込む隙間が無くなることで落ちずに洗濯物の繊維全体に広がります、更には繊維そのものに洗剤成分が逆に浸透します、その結果汗の油汚れと匂いに加えて洗剤成分が繊維に広く浸透したまま乾燥させることになります。
その衣類を着て身体の熱で繊維に浸透した汗の匂い成分と洗剤成分が相まって蒸散し、更には新たな汗の匂いが加算されるのですから恐ろしい匂いが発散されることになるのです、これが冒頭の「原理原則を知らずに誤った方法をとる」という事象の解りやすい例です。
原理原則を知らずに誤った方法をとった結果において他者に迷惑をかけるのは社会人として一番やってはいけない事です、やってはいけない事を知らずにやっても他者に被害を及ぼせば罪に問われるのが現代日本の法律です、そのくらい重要なことだということを常識化しているのが自律した大人というものです。
言動や振る舞いも同じことです、自分の気持ちや思い入れなど関係ありません、他者がどう見て感じるかです、他者優先とはそういう他者の気持ちに寄り添える感覚を指して言うのです、そして物事の原理原則を無視した思い込みによる安直思考で行動しないことが重要だと思います。
こういった思い込み思考で行動する人はビジネスにおいても同様の結果を残します、本人は会社や事業推進を優先していると考えても方法が正しくなければ最悪の結果が起きるのです、そして気持ちとは裏腹に迷惑をかけられた周囲に独善者というレッテルを貼られてしまうのです、何か本質的な思考ロジックに誤りがあるとしか思えません。
私は20代から技術やサービスモデルなど多くの特許を出願しては事業化してきました、その裏にあるものは「欲しいけど世の中に無いなら自分で作ってしまえ」という発想です、この発想から実現可能な方法を考え出していくわけです。
特許というのは実現可能な技術や商品で且つこれまでにない新たなアイデアであることが審査で証明されて初めて登録されるわけです、つまりアイデアだけではなく過去に他者が考え出願されていないというものでなければなりません、アイデアも重要ですがこれまでに誰も出願していないという事実が最も重要なのです。
さてそんなことを常に考えている私ですが一つだけ20年近く考え続けても方法が見つからなかったものがあります、それは非ノイマン型のコンピューター(加算器)です、どうしてもノイマン型から離れたところでの思考が降りてこないのです。
一時期は生きた神経細胞を人工的に固定化できないかと考えて粘菌を研究してみたり、ロジックそのものを電気ではなく光を使えないかと光線の周波数合成を思考したりとかずっと頭の中で何か方法はないかと考え続けていました。
ノイマン型というのは真空管やトランジスタによるフリップフロップという加算ロジックそのものであり、現在のコンピュータは実用段階に入った量子コンピュータ以外は全てノイマン型です、このノイマン型を崩さない限りにおいて高速性能を極めるには半導体の電気的応答速度という限界値という大きな壁があります。
さてあえてこの話題をここで書いているということは・・・、実は現在のシリコン半導体を使って電気的応答速度を無視できる非ノイマン型で行う加算方式が降りてきたのです、もしこれが実現されれば計算速度は一気に量子コンピュータ並みに高速化できます、しかも消費電力は現在のGPUの数万分の一になります。
こんな夢のような話なのですが、2年ほど前にある半導体科学者との出会いがありまして先日のこと技術論議で盛り上がりながら飲んでいるときにその可能性が示唆されたのです、20年考え続けていたことが一瞬で実現性が見えた瞬間でした。
夢は諦めさえしなければ実現するのです、それと人の縁というのは本当に摩訶不思議なものです、天は諦めが悪い人にはちゃんと必要な人と必要な時期に出会わせてくれるようです、ということで各種の準備に行動開始です。
身体の怪我はいつかは治ります、それが自己治癒能力という生命体が持っている生存機能です、でも薬を使っても絶対に治らないと思うのが性根(しょうね)です、これは何をやっても修正することは出来ないほど深いところに記憶された情報だと思います。
私はある程度の付き合いが深まると何気なく子供の頃の話を聞くようにしています、夏休みの宿題のこと、友達とどのように過ごしていたか、両親からよく言われていたことなどです、これらの行動記憶は13歳くらいまでにその人が生きていくために基本的情報として脳内に記憶され大人になってもこの基本的情報からくる思考やそれに司る行動は変わらないといいます。
例えば夏休みの宿題を最後に必死で終わらせるような人は大人になっても本来やらなければならないことを自覚していながら放置するようになります、無駄事に時間を使い業務遂行に必要な準備もせずして納期間際に必死になって何とか終わらせるというスタイルになります。
私の場合は夏休みの宿題は夏休みの前には日記以外は終わっており自由研究も昨年既に終わっているという常に先行型でした、したがって何事に関しても準備もせず納期ギリギリでやる人にものすごいストレスを感じてしまいます、こういった基本思考が異なると互いに互いの存在がストレスの対象になることは心理学を持ち出すまでもなく当たり前の事実としてほとんどの人が体験していると思います。
経済的余裕や精神的余裕があると多くの人は性根を隠して過ごすことができます、しかし一旦経済的余裕や精神的余裕が無くなると一気に性根が表面化します、つまり悪癖を持っている人は悪癖が表面性格として出てきてしまうのです、それが人が変わったようにミスを連発したり周囲と軋轢を生んだりするのです。
何れにしてもちょっとしたきっかけで性根が表面に出てしまう人は自律した大人ではないのです、だから平和に暮らしたいと思うなら性根を出さずに済むように各種の余裕感を得ることが肝要だと思います、「余裕感」は如何なる人生においても成功するための必須最低条件だと思うのです。
「こんなはずじゃなかったのに何で?」なんていう愚痴を行きつけのショットバーでマスターと話をしている人がいます、私が思うにほとんどの人の人生は計画通りにはなっていませんし現状に満足している人はかなり少ないと思います、だいたいの人が何かしらの不満を抱えて日々暮らしているのです。
ただ現在の状況は確実に過去自分で選択して実行してきた事が表面化しているに過ぎません、それはビジネス然りプライベート然りです、選んだ職業・人・方法・行動の全てが今に繋がっています。
愚痴る前に大いに反省し軌道修正を試みることが肝要かと思います、そもそも自分の選択や実行した結果なのに自分は間違っていないとして世の中や周囲、もっとひどい場合は親や家族のせいにする人もいます、その時点でおそらくその人は軌道修正できずに今の現状を永遠に繰り返すしかないと思います。
自分の身の回りに起こっている事をまずは素直に受け入れることです、そして妙なプライドを捨て自身と真摯に向き合うことです、人生の軌道修正ができない人に限って「譲れない拘り」とかいう意味のない鎧を身に纏っているのです、その鎧が自身をどんどん追い込んでいることを自覚することです。
面白いことに計画通りにいかずに不満を抱えている人ほど他者には上から目線でアドバイスや指摘するのが好きなようです、私が思うに自身の現状を認められずにマウントを取ることで心の隙間を埋めているようにしか思えません、そんな自分に素直に生きられない人が実に多くなったと感じる昨今。
ところで今の自分の姿は若かりし頃に夢見た姿でしょうか、そうではないなら何歳になってもやり直せばいいと思います、それができないなら愚痴を言わずに現状を甘んじて受け入れればいいだけです、それが何歳になっても日々を幸せに暮らす方法だと思います。
一連の某国の高市首相を狙い撃ちした陰湿なる執拗な攻撃ですが高市氏は堂々と無視を継続しています、私はこの姿勢が一番賢い作戦だと思っていますので個人的にも大歓迎です。
高市氏は経済だけではなく経営戦略や他国文化などにも長けている人で当然某国の「論語と兵法」を相手によって使い分けるというダブルスタンダード文化も研究し尽くしているでしょう、流石の見事な対応だと思います、こういう時に日和って下手な謝罪や発言撤回すれば次の作成がオートマチックに発動され永遠に収束しないと思います。
そもそもですが某国は高市氏が首相になるのを最も懸念していた国で与党連合から公明党の離脱を主導したという陰謀論(事実だという指摘もある)まで出ているのですから何をしても足を引っ張りたいわけです、そんな見え透いた作戦にまんまと乗る必要もないのです、「エスカレートして軍事行動に出たらどうする?」などという妄想を通り越した寝惚けた意見を言う日和った老害政治家や識者もいますが見当違いも甚だしいと思うばかり。
理不尽な攻撃(口撃)には何も言わない何もしない戦法が一番、何かを言ったり行えば更に輪をかけて手を変え品を変えては因縁をつけてくるだけです、かっこ悪いと言われようが怖気づいたと思われようが、そんな輩の存在も含めて無視を続けるに限ります。
戦略無視は本当にジワリと力強いメッセージを発揮しだします、先手を打った相手は何を考え何をしてくるかと熟考し続けます、そのストレスから些細な凡ミスを犯します、何かを仕掛けるならその凡ミスに乗じて特大の攻撃を仕掛けるのが戦略経営の定石です。
また某国の経済制裁的な数々の嫌がらせも自国民向けの体裁に過ぎずマスコミが騒ぐほどの影響はほとんど無いというのが事実です、数年前はまだしも今では某国の観光客数は全体の15%程度に過ぎずキャンセルは主に団体旅行であり直接高級化粧品や家電を仕入れる爆買いのビジネス来訪者は一向に減少していません、ホテルも他国の観光客や受験生での予約でキャンセル分はあっという間に解消し大きな被害も無かった様子です。
日本の優れた民族性は災害や事故といったマイナス面での学びからプラスに転じる軌道修正が早いことが世界的にも評価されています、この機にインバウンド然り輸出入然りで某国に依存する事項から脱却を試みる方針が早くも論議されています、私個人的には日本の未来ビジョンは極めて正しい道を歩み出したと感じています。
このような政治的な動きとは裏腹にここ池袋は相も変わらず別世界のようです、行き交う人の言語は某国語ばかり、私の行きつけのレストランもオーナーだけではなく従業員全員が某国人、ちょっと前まで通っていた歯科医も某国人、良く買い物するミニスーパーのオーナーも某国人、政治的な問題など何もなかったように全てがいつも通りの日常で明け暮れしています。