記憶に久しい話しですが、チリで起きた落盤事故から2ヶ月以上かかっての33名全員の救出劇は世界中の人々に感動を呼びました。
その全員無事救出劇の最大の功労者としてリーダーのルイス・ウルスア氏を称賛する声が上がり、各国から「窮地の心境」や「危機管理」などのテーマで書籍の出版や映画化のオファーが相次いだといいます。
この称賛の裏には「パニックを抑え高齢者も含めて仲間全員を見事に統制し命を救った」ということがあげられます、落盤事故直後には当然絶望感からパニックを起こした人がいたことは想像するに易しいです、また食料も当初は3日分しかなかったといいます。
ルイス・ウルスア氏は30年のベテランですが、就任2ヶ月目のリーダーがたった1人で32人を何故ここまで見事に統制できたのか、この行動はビジネスにおいても当然のこと参考になるものと考えます。
救出直後のニュースをテレビで見ていて彼の落ち着いた動作に注目しました、普通の人なら喜び勇んでもっとオーバーなアクションを起こします、しかし彼は歩き方も表情も実にどっしりとした構えでした。
またサングラスで目は確認できなかったものの顔の精悍さは何とも言えないオーラを放っていたことは確かです、想像するに話し方も落ち着き放っていると思います、パニックを抑えるにはまず相手に安心感を与えることが肝要なのです。
リーダーとは普段は早口で感情的な話をしても、いざという時には口調は穏やかに力強く、そして相手が聞き入れるキーポイントとなる単語を使いながら話すのが肝要です。
創造するにおそらく「全員で生きて帰ろう」、「仲間と自分を信じよう」などの言葉を使ったものと考えられます、ここで「全員で生きて家に帰ろう」というのと「全員で助かろう」というのは全然聞く人に対しての印象が変わります。
この場合には「二度と我が家に帰ることができないかもしれない」、「ここで死ぬかもしれない」ということを意識しているのですから、「生きて」と「家に帰る」を強調する必要があるのです、おそらく彼は普段も子供や同僚に相手が納得する話し方と単語を使っていたのだと思います。
リーダーは普段は頼りないと見られても構いません、ただしここぞという時に周囲に安心感を与え集団をみごとに統制できること、これが「強い」リーダーには不可欠なのです。
孫子兵法書などを中心に当時数多く記された兵法書を数百年後に何者かが「兵法三十六計」としてまとめました、そのまとめた人は今だに謎のままなのです。
それは実に適切にまとまられており、世界中に翻訳され多くのトップリーダー達の御用達の書ともなっています。
その中で最後に登場する三十六計が「走為上(そういじょう)」という計で、簡単に訳すと「負けが見えた場合、潔く撤退することが最上の策」というものです、これは日本に伝わり「兵法三十六計、逃げるが勝ち」という諺まで誕生しました。
現代ビジネスにおいても「走為上」の教えはなるほど的確だと思います、例えばなかなか進まない商談、当初の取り決めと異なる案件、赤字を垂れ流しても何時までも収益が見えない事業などはまさに「逃げるが勝ち」で早々に撤退を検討した方が良いでしょう。
請負であれば途中放棄は契約違反となり場合によっては残金の支払いを止められるばかりか損害賠償を要求されます、またこういう情報が広まり後々の信用問題にも発展する可能性もあります。
とは言え、このまま続けていると他の事項にも影響が出ると明らかに判断できるのであれば一過性の出血を覚悟で手を引くことも一考であり肝要です。
ここで絶対にしてはいけないのは「済し崩し的な撤退」です、これは後々に大きな時限爆弾を背負うことになります。
撤退するときは未練を残さず清算すべきことを綺麗に清算して短期決戦で決めなくてはいけません、その時は修羅場と化すかもしれませんが覚悟を決めて撤退する意思を面と向かって伝えるべきです。
一時的な嫌がらせや法的手段を持ち出されるかも知れません、しかし「社員や会社を守る為」という大義名分と強い意志を持ってどんな事があっても後戻りせずに撤退を敢行することが肝要です、これが「強い」リーダーの務めでもあるのです。
「企業を安定的に継続させるためには複数の事業を同時に行え」、これは経営の一つの鉄則のようなもので多くの企業は複数の事業を営むのが基本です。
ここで注意すべき事項があります、それは「自分が理解できない事業には手を出すな」ということです。
事業によっては法的な手続きが必要なものもあります、例えば危険物取扱業者・深夜営業・酒類取扱業者・廃棄物処理業者・飲食店営業などは許認可や取り扱う人には免許が必要な場合があります。
知人などから齎された美味い話を真に受けてこれらの法的手続きが必要な事業を無許可で行い、後で訳も解らないまま検挙されたなどという嘘のような話が実際に多数あります、この場合には「何も知らなかった」では世間は通りません。
また許認可や免許などでなくても失敗事例でよく見受けるのが、経営者自身がよく解らない技術やノウハウを必要とする事業に手を出した場合などです。
こういう場合には必ずその道を良く知っている人を身近に置かなくてはなりません、それが顧問であったりするのですが何れの場合も上手くいっている時は良いのですが何か問題が起こった時に大変な事が起こるのです。
どんな事でも最終責任は経営者が取らなくてはならないからです、顧問はアドバイスできても責任は取れません、そういう意味で身軽な立場が顧問なのです。
ここでいう最悪の状況とは、例えばその商品で購入者に死傷者が出た場合、火災・爆発・故障などにより建物や器物に損壊が生じた場合、毒ガス発生や毒物混入などが発見された場合、食中毒などを起こさせた場合などで何れも重い処罰の対象になります。
そこまでには至らなくても保障やメンテナンスなどの多くの問題に専門的知識が不可欠となります、その時に頼りにしていた顧問が何らかの事情で頼れない状況にあったとしたらどうしますか?
経営者は自身の会社で行うことは全てを自身が理解していることだけにすることが最も肝要なのです、そしてどんな事を行うのも最終責任は経営者がとるということを肝に銘じて、美味しい話しにすぐ乗らないことです、強いリーダーとは「やらない」選択を潔くできる人です。
時間に関しては戦略がものを言う事項が実に多く存在します、また時間を有効に活用できる人が優れた経営能力を持つ人とも言えます。
将棋に例えると本当に強いプロ棋士は持ち時間を制限いっぱいに使い勝ちます、余すことなく足りぬこともなくです。
逆にやはり読みの名人といえども負けるときは時間を余したり、足りずに早指しに突入し負けてしまいます、持ち時間を制限いっぱいに有効に使って勝つ棋士はやはり評価も高く実績も豊かです。
そこには最初から制限時間を頭に入れた勝ちのシナリオ、つまり時間戦略というものが立てられているからに他なりません。
ビジネスにおいても納期や提出期限など多くの時間的制約が課せられます、他の業務もあるので早く終わらせて早く納品したいのは心情として分かりますし顧客サービスの一環としても有効のように思われます。
しかし早く納品してミスがあった場合は評価は逆に下がります、これは「手抜きした」と思われてしまうからです。
ところが納期ぎりぎりに出した場合はどうでしょう、例えミスが見つかっても「ぎりぎりまで大変だったかな?」と心情的に理解してもらえるときもあります。
収める納期、業務の期限、法的な時効、世の中には多くの時間的な期限が存在します、その期限までの時間は「期限の利益」という名の自分がもらった時間です、期限の近いものや内容如何で優先すべきではないのです。
業務が終わったから納品することは時間を有効に使っているとは言えません、手離れを早くしたいのは分かりますが終わったあとに何が起こるかわかりません、期限までは自分が獲得した時間です、つまりこれが「期限の利益」という法的事項でもあるのです。
これを有効に使える人こそがプロと呼べる人なのでしょう、逆に納期や期限を守れない人はここでいうところの時間を制する思考をできない人でありプロとしては論外です。
期限に遅れることを法的には「期限の利益の損失」といいます、つまり契約不履行が確定しないように事を進めるのもプロとして重要な要素なのです。
経営者とはいろいろな理想を言います、「儲けよりお客様に喜んでもらえることが信条」、「社員が楽しんで仕事を行ってもらえるのが一番嬉しい」、「皆が幸せなら利益はそこそこあれば良い」などと。
厳しい言い方をしますと、これらは全て「逃げ」もしくは上手くいってないことへの後出しジャンケン的な「言い訳」です、あるいは意味の無い「プライド」か「エゴ」に過ぎません。
確かに社員の中には苦労を重ねても経営者と一緒に夢を実現させようと頑張る人もいます、でもそれは最低限の自身や家族の生活が保障されてのことです。
赤字を垂れ流しっぱなしで社員の給与も滞っている状況で上記の言葉がまだ出てくるようなら、大変厳しいようですが経営を交代するか会社を清算したほうがいいです。
利益が充分に出て余裕の言葉であるなら判りますが社員が生活できない状況では笑える話ではないです、経営者は関係する人達に対して責任があるのです、これは顧客サービス以前の基本的事項です。
考えてみてください、社員やパートナーのモチベーションが下がってどうやって顧客満足度を維持できるでしょうか?
経営者とはどんな状況であれ利益を上げなくてはならないのです、本業が上手くいかないのであれば自分一人でも別の事業を行ったり社長自ら出向したり日雇いで稼ごうが何をしてもいいです、とにかく利益を上げる仕組みを考えることです。
経営が行き詰っても何もできないで考え込んでいるだけではゾンビ企業と同じです、つまり稼働しているが実態は死んでいるということです、経営者の責任と言うのであれば企業縮小や清算をも潔く行う姿勢が重要なのではないかと思います。