2021年10月 2日 00:00
さて、前回まで猫やアリなどの動物に関する「片利共生」の例を上げてきましたが、今回は植物での典型例をお話ししましょう。
植物界の「片利共生」が極まる例は、高級生花で知られる「ラン(蘭)」です。
「ラン」の仲間は世界に約700属15,000種以上が確認されています、そのどれもが綺麗な花を咲かせるので多くの人に愛されている花で知られています。
この「ラン」の仲間は、ほぼ全種類がある種の生物を一方的に自身の為に利用しています。
その利用される側の生物は、何と「カビ」です。
ここで正確に説明しておきますと、つい最近までキノコやカビなどの菌類は真核生物に関して言えば動物界・植物界と同等の菌類界に属していました。
これ以外の生物は、細胞核を持たずDNAではなくRNAという遺伝子を持つ古菌類となります。
このように生物学では、これまで地球上に生息する真核生物を大きく3つに分けて分類していたのですが、数年前に2分割に分類されることになったのです。
それは植物界と動物界の2つです、そして菌類は動物界に属するようになったのです。
つまり生態的に言うと、菌類は植物よりも動物に近いということが研究の結果解ったのです。
つまり、キノコは野菜売り場ではなく本来は肉売り場に置くのが生物学的には正しいということになります。
さて話しを戻しますが、「ラン」は「カビ」をどのようにして自身の都合で一方的に利用しているのでしょうか?
その前に、「ラン」の種は極めて特殊なことで知られており、まずはこの特殊な種についてお話しましょう。
「ラン」の種は種類に関係なく他の植物の種に見られるある要素が欠落しています、その要素は「胚乳(はいにゅう)」であり、これを持っていないのです。
胚乳とは、植物の成長の起点である種の中にある種全体の僅か数%という質量の「胚」を成長させる為の栄養素が詰まった器官です。
つまり、植物の種はほとんどがこの胚乳で形成されているのです、米・麦・豆類やトウモロコシなど、実は人間は栄養素が詰まった胚乳を食べているのです。
米は精米すると胚は落ち美味しい胚乳だけとなります、それほど胚は小さな器官なのです。
また、胚は動物には消化されないほど強固な組織で作られており、精米して食するのはその為なのです。
玄米は、表皮のミネラル分などの栄養素が豊富で栄養学的には精米するよりも優れた食品なのですが、人によっては杯や表皮を消化できずにアレルギーを引き起こしてしまいます。
話しを戻しますが、胚乳を持たない「ラン」の種は花粉ほどの質量しかなく見た目もホコリほどの細粒です。
では、どうして胚乳が無く胚だけで芽を出し根を張れるのでしょうか?
ここに、「ラン」の恐ろしい戦略が潜んでいるのです。
「ラン」の多くは、木や岩に生息し土を必要としない着生植物です、植物園などでも木や岩に着生させて展示しています。
先の話しのように、ホコリのように細粒である「ラン」の種は簡単に風に乗り木や岩にくっつきます。
そして、この「ラン」の種と同じように風に乗って運ばれてきた「カビ」の胞子は、「ラン」の種を餌にしようと菌糸を伸ばし種を包み込んでしまいます。
「カビ」がある程度繁殖したころを狙って、「ラン」の種は目覚め自身の周りに繁殖した「カビ」から栄養と水分を吸収し始めます。
「カビ」は負けじと必死に菌糸を作りますが、「ラン」の種は逆にどんどん吸収して大きく育って行きます。
そして、花を咲かせるまでに育ってもスポンジのような太い根に「カビ」を繁殖させ続けて栄養と水分を吸い取り続けるのです。
これで、「ラン」の種が何故「胚乳」が無くても芽が出せるのかがお解りでしょう、つまり「カビ」を栄養源として育つからです。
したがって、土の中から養分と水分を吸収する必要が無いので、浸透圧によって養分と水分を吸収する糸のような細かな根は不要であり、「ラン」の根は自身を支え「カビ」を繁殖させる為だけの太いスポンジ状の根だけが存在しています。
実は、ここに「ラン」の栽培の大きなヒントが隠されています、多くの人は水を与え過ぎてあっという間に窒息させて枯らせてしまうのです。
さて、このような「ラン」の中で「片利共生」を極めたツワモノが存在します。
それは、「根も葉も無い」まさに嘘のような「ラン」で、花茎だけで成長し花を咲かせる「タシロラン」の仲間です。
「タシロラン」は見た目は1本の茎しかありません、そして光合成も必要せず「カビ」からしか栄養と水分を摂取しませんから、全体的にモヤシのような形で白い色をしています。
実際に「タシロラン」を植物園などで見ると、花を付けない成長期では岩や木の穴に差し込まれた一本の割り箸にしか見えません、本当に色が白くて根も葉も無いのです。
体長は20Cm程になり白い花を10数個咲かせます、究極の「片利共生」の姿はその訳を知れば知るほど不気味で恐ろしくさえ感じるのです。
ちなみに、「タシロラン」は環境変化により現在絶滅危惧種の植物となっています。