2024年1月 4日 07:00
80年代中盤~後半のバブル経済期の頃、私の周りには多くのオーディオファン(マニア予備軍)が存在していました。
競って次から次へと投入されるアンプを買ったり、並行輸入で海外のアンプを買って皆で戦利品を持ち寄ってはグループ視聴会を行っていました。
そんなバラ色の人生が90年代に入ると突如として崩壊します、そうですバブル経済の終焉です。
周りにいた多くのオーディオファンも現実を直視するようになり、また生活優先になってくるのかオーディオ道楽から次々に撤退していきます。
その際に必ず出る言葉がありました、それが「オレ、オーディオではなく音楽ファンだから」というものでした、何という男のペーソス(悲哀)感丸出しな言い訳なのでしょう。
面白いですね、どうして男性は「オーディオ道楽をやめる」ときっぱり言わないのでしょう?
きっとそう思い込むと楽なんです、私もその気持ちは男として本当によく解ります。
どんな道楽も初めは楽しいのですが、極めていくにしたがい経済面での問題や何よりも技術の変化についていくには精神的に極めて厳しい状況になっていくものです。
調べものや覚えることも日々増えていきます、ちょうど時代はアナログからデジタルへの急速なる移行期で毎月のように魅力的な新製品が出てきます、その変化に追従するにも相応の資金と時間と知識が必要になってきます。
やりだしたら途中で止められないのが男の性です、それは男性特有の心の問題である「敗北を認めたくない」という心境からです。
なので、「音楽ファンだから、音楽が聴ければある程度の音で良いんだ」という自分擁護の大義名分という名の慰めが必要なのです。
こうしてオーディオ道楽から音楽ファンになっていく人を見ては、「オーディオ道楽をやめて幸せかもね」なんて言う人もいました。
でも私はそうは思わないです、どんなことに対しても楽な道を選んでいては真の幸せを感じることは絶対にないと思うからです。
たかが道楽です、でもそこからも逃げるような人は後々襲ってくる男性特有の心理である敗北感に打ち勝つことはできません。
一事が万事、道楽での敗北感はビジネスにも必ず影響が出てくるのです。
何故そう言えるのか、その後の彼らの顔付きや生活スタイルが正直にそう訴えていたからです、その後の人生は語るまでもないでしょう。
では、本当にやめなくてはならない時はどうするか?
正直に「こういう理由でやめる」と堂々と宣言すればよいだけです、回りくどい自分擁護の大義名分は自分を甘やかし周囲に冷ややかな目で見られるだけです、何といっても男として潔くないです。
挫折や敗北を潔く認めた男性は、精神的に一皮剥けて本当に生まれ変わったように何事に対しても逃げずに前向きに活路を見い出していきます。
「たかが道楽、されど道楽」、男の道楽とは人生そのものに対する生き方の姿勢が見事に現れるのです。