オーディオの歴史の中で、どうしてこういう製品を作ったのだろうかという世に言う迷機と呼ばれるオーディオ製品が存在しています。
例えば、バブル景気直前に日本のオーディオ界を引っ張ってきた高級オーディオメーカーであるラックスマンが経営不振でカーオーディオ大手のアルパインの傘下に入ります。
この直後に、それまでの高級路線から普及版の製品を突然出したのです、これが世に言う迷機で何と真空管とトランジスタのハイブリッドアンプだったのです。
プリアンプの初段にFET、最終段に真空管、そしてパワーアンプにハイパワートランジスタを用いたのです。
しかも、それまでのシャンパンゴールドからブラックフェースになり、高級感を誇ったラックスマン独特のフェースデザインもあたかも安っぽいデザインになってしまいました。
価格も普及版の価格で、当時の798戦争を意識した価格帯で勝負してきたのです。
これにはマニアもビックリ仰天です、面白半分で買ったマニアもいたくらいです。
こんな迷機と言われたアンプですが、最近になって真空管とトランジスタのハイブリッドが音色的に評価され始めたのです。
音色的に評価され、その作られた意味が理解され始めると途端に迷機から名機と謳われるようになるのです。
新たな試みは何時の時代もなかなか受け入れられないものです、でも技術に誇りを持って作られた物であれば何れは評価されるようになるのです。
オーディオ界には、このような突然誕生してくる世に言う迷機が多数存在しているのです。
私の大学時代は日本のオーディオ業界が形成されてくるまさにカオスからビッグバンが起きた直後のような状況でした、オーディオ雑誌にはUSマランツやアキュフェーズにラックスマンのハイエンドアンプの広告がびっしりと載っており、それを見てはオーディオ妄想が止まりませんでした。
そして毎日のように友人に「早く30歳になりたい」、「絶対、会社を興して社長になる」と事あるごとに話していたようです、その理由は極めて単純明快で自分でガンガン稼いで好きなようにオーディオにお金を使いたかったからです。
そんな鬱積されたエネルギーが社会人になった瞬間に大爆発を起こしたのです、長期間鬱積されたエネルギーが何かをきっかけに膨張爆発する現象を心理分析学上では「es」という概念を使って説明しています。
そうです「es」の力は本当に凄い破壊力です、社会人になるや否や大学時代とは打って変わって寝る時間も惜しんで最新のIT技術を猛勉強しました。
先輩を尻目にSEとして世界を駆け巡れたのも、25歳で最新技術書籍の出版ができたのも、最新技術での特許出願を連発できたのも、会社を幾つも創設したのも、全てが「オーディオを好きなように愉しみたい」という極めて不純な動機からです。
そして社会人4年目に外資系企業のフリーSEとなり、その2年後に起業し潤沢なオーディオ資金を妄想通りに確保することに成功したのです、この数年間での快進撃の裏に「好きなだけオーディオ製品を買いたい」という強い執念が潜んでいたことは否定しません。
もしも大学時代にオーディオに目覚めていなかったらと平凡なサラリーマンとして一生を終えていたかも知れないと思うのです、強い執念は何時かは必ず実現します、何故なら恐ろしいまでの思考と行動エネルギーが出るのですから。
そういう意味では道楽も執着した目的が在れば強力な生産的原動力となるのです、オーディオ道楽復活で当時を鮮明に思い出しました、そして当時のように思考と行動エネルギーが身体の底から漲ってくるのを自覚しています。
夢の実現は運などではありません、どれだけその実現に執着して我武者羅に行動するかだけの話しです。
考えるだけで具体的な行動も起こさず、繰り返えすルーティングに流されて過ごしていれば、あっという間に人生の時間は終わってしまいます、生きている間だけです愉しめるのは。
ラックスマンのラックストーン、サンスイのサンスイサウンド、ヤマハのヤマハサウンド、どうして時代も回路も部品も担当技術者もまったく違うのに個性豊かな音色を承継し続けているのでしょう?
時代が変われば求められる音色も変わるのに多くのオーディオメーカーは伝家の宝刀の音色を変えようともしません、受け継がれた音色に囚われたかのように疑問も持たずに最終ゴールとしてその音色を作り込んでいます。
いったい何がそうさせているのでしょうか、これを約20年以上疑問に思っていたのですが最近ようやく答えが見つかりつつあります。
それは音も味と同じだという発見です、人間の五感はすべてアナログ感覚です、当たり前ですが人間は生物ですからデジタルには直接対応できません。
つまり音色は老舗の焼鳥屋のタレやラーメン屋のスープと同じなのではないかということです、音色も一つの文化なのです、だからそのメーカー独自の音色に拘り続けるのです。
何故なら、その音色を変えてしまうということはその音色を愛するファンを裏切ることになるからです。
時代が変わってもラックスマンのアンプを買えば何時も通りのラックストーンを聴く事ができるという安心感、これがファンサービスであり顧客第一主義でありメーカーの最重要項目なのです。
オーディオメーカーの多くは複数のブランドやシリーズラインを持っています、何故ブランドやシリーズラインを変える必要があったのか、この疑問の答えが「伝家の宝刀の音色を時代に合わせて変える必要があったから」ではないかと思うのです。
オーディオと酒・タバコ・コーヒーには実は共通している事項があるのです、その共通事項とは「テストステロン(男性ホルモン)値が高い人の生活習慣」なのだそうです。
その意味では、オーディオに興味を持つ女性も普通の女性よりもアルコールに強くテストステロン値が高いのか前向きな人が多いのも頷けます。
男性ホルモンであるテストステロンは闘争心を強め前向き思考にさせるホルモンで別名「やる気ホルモン」と言われています、酒・タバコ・コーヒーは何れも毒物の一種ですが確かに肝臓や消化器官が強くないと身体が侵されてしまいます。
テストステロン値が高い人はこういった成分にも極めて抵抗力が強い身体を持っているようです、更に平均して体温が高い人が多いのだそうです。
また没頭する道楽というのは車やラジコンなど何でもいいのですが、生きていくのに不要な活動でありテストステロン値の高い人の特徴の一つである「征服欲」に由来しているという学説があります。
「好きな事を極める=征服欲」、つまり男性の本能なのだそうです、面白いことにテストステロン値が高い人は同時に女性ホルモンであるエストロゲン値も男性の平均値よりも高い傾向にあります。
この結果において厳しさと優しさ(思いやり)、頑固さと柔軟さ、生真面目さと悪戯癖など、人間性の陰陽が極まり両立する白黒解り易い性格になるのです。
また平時はぼけーっとしていても、いざという時の爆発力は半端ではなく物凄いスピードと正確性で物事を処理したり解決していくのも特徴です、そして何よりも常にエネルギッシュで平均的に長寿なのだそうです。
オーディオの話しに戻しますが、私の周囲にたくさんいたオーディオ仲間は全員が冒頭の生活習慣に一致しています、そして全員がレコードのコレクションやオーディオ機器のコレクションも兼ねていました、コレクション癖もまたテストステロンが成せる征服欲なのだそうです。
オーディオ製品やレコードに始まり、アナログカメラ&レンズ・猫&フクロウグッズ・ミニボトル・スコッチウイスキー・薬膳酒・各種便利ツール・100均面白グッズと私はいろいろなコレクションをしています、どれだけテストステロン値が高いのでしょう。
さて結論ですが何かの道楽に長期間打ち込むと「やる気ホルモン」であるテストステロン値が徐々に高くなってくるのだそうです、この関係性はリスクと生活基盤とのバランスをどのように保つかというリスクヘッジとの葛藤によって常に危機意識が芽生えることに起因しているようです。
1990年代前半に起きたバブル経済の崩壊に伴いスピーカー598戦争&アンプ798戦争が終焉を迎えます、そしてオーディオ界に氷河期とも言えるお寒い時代が訪れます。
この氷河期では、多くのオーディオメーカーはモバイルオーディオやパーソナル使用を目的とした安価で手軽な家電オーディオ製品を出すようになり、本格的なアナログに力を入れた魅力的な正統派オーディオ製品が徐々に姿を消していきました。
その後サンスイが経営破綻を起こし、更にダイヤトーンの事業撤退などが続き、正統派オーディオ製品の空白時代に突入します。
スピーカーユニットでもコーラルの破綻やテクニクスの事業撤退が相次ぎ、スピーカーユニットメーカーはフォステクスだけとなりました、これに伴ってDIY(手作り)スピーカーブームも同様に一気に終焉していきました。
強いブランドが姿を消すとそれまでのライバル企業が台頭してくるのではないのです、業界全体が縮小するのです、これはどの業界でも同じでライバル同士が競合するところに魅力的な製品が生まれ市場が活性化するのです。
「競争こそ美学」、これは資本主義経済の根本原則なのです、そしてオーディオ氷河期時代に多くのオーディオマニアは行き場を失いました。
私もオーディオショップに行かなくなり休みの日は家でのんびりジャズやアメリカのSFテレビドラマを楽しむようになりました、オーディオショップは閑古鳥が鳴き多くのオーディオショップが閉店に追い込まれたのもこの頃です。
家電量販店ではオーディオコーナーが姿を消し代わりにイヤホンやモバイルオーディオのコーナーが新設されました、オーディオらしき展示品はミニコンポ程度です、本当にオーディオと共に歩んできた一人として悲しい気持ちになったものです。
そして2007年暮れ、私の事業家人生にも大きな転換期が訪れオーディオとホームシアター道楽を封印したので、おそらくオーディオ界が80年代後半のような状況であれば私の事業家人生の転換期は起こらなかったのかもしれません。
闘志を燃やす対象が無くなると人間は精神的に弱くなるのです、闘争本能が消えた戦士は強い者に飲みこまれるしかないのです、2007年暮れのクリスマスの夜事業家人生で初めて味わう大手企業の傘下に入るという苦すぎる辛酸、その裏にオーディオ氷河期が少なからず関係していたように思えます。
2018年の秋約11年のオーディオとホームシアター道楽封印からの復活、その裏に私も事業家に復帰を決めて本格的に動き出した時期と一致しています、たかが道楽、されど道楽、いろんな意味で人生の状況をそのまま現しているのかもしれません。