バブル経済が崩壊して日本に経済氷河期が訪れます、そして2000年初頭に「失われた10年」という言葉が各所で使われ始めました。
この氷河期は継続し2010年には「失われた20年」という言葉と共に世界中に日本の経済氷河期が伝えられました、更に10年後の2020年には経済大国日本の失墜とまで言われた「失われた30年」という言葉が世界中で使われました。
アジア各国では、日本の失われた30年を経済失策モデルとしたリスクヘッジや危機管理の書籍が多数出版されました。
この経済氷河期といえる日本の経済状況は事実多くの企業が倒産していきました、そして新たな企業が誕生してきたわけです。
オーディオ業界もこの経済氷河期とシンクロし、業界のパワーバランス大きく塗り替えられることになりました。
この間にオーディオや映像メディアのデジタル大変革も勃発し、昨日まで繁栄したメーカーが消え昨日までくすぶっていたメーカーが台頭してきたのです。
さて、この失われた30年とシンクロしたオーディオ氷河期は多くのオーディオマニアがオーディオから手を引くようになります。
オーディオのイベントも開催されなくなり、また開催されてもガランとしていました、経済氷河期とは本当に凍り付くような寒さなのです。
オーディオマニアが狂喜乱舞した80年代後半、魅力的な製品で世は溢れかえっていました、それが90年代に入るとエントリークラスの製品ばかりとなり、更にはミニコンポが主流になってきたのです。
これではオーディオマニアが意気消沈するのも当たり前です、私は辛うじてホームシアターに趣向を大きく変えていたのでAVアンプを中心にマイペースに楽しめたのが救いでした。
また、ミニコンポの中でもそのメーカーらしい製品を見つけてはCDによるオーディオ道楽も細々と継続していました。
ただ多くのオーディオ仲間が消えていったことは、オーディオの話しをする機会を失い寂しい思いをした記憶があります。
そんな長期間の経済氷河期の中で2015年辺りからオーディオブームが徐々に回復し、オーディオ業界もようやく息を吹き返しつつあります。
生きていくには不要な道楽事こそが消費が消費を生み経済を活性化させていくのです、生活主体の消費だけでは循環こそ継続してもバブル要素が一切発生せず経済が活性化することはありません。
世に多数ある道楽、ある意味では道楽は生活消費ではなく生活に無関係のバブル消費なのです。
近未来の書店に道楽本が縦積みされ出したら、いよいよ本格的な経済復活の狼煙(のろし)が上がったと喜びましょう。
ただ私は果たして日本に再度バブル景気が誕生するかどうかということに関しては大変疑問視しています、何故なら昭和男のように給与の全てを注ぎ込み寝食を忘れて道楽事に没頭する人が昨今の日本には見られなくなっていますから。
オーディオ界には、昔から名機と呼ばれる製品があります。
しかし、その明確な定義というのは存在していません、オーディオ評論家やオーディオマニアなど多くの人から絶賛された製品が後に名機と謳われるのです。
その意味でアンプの名機の多くはその時代を代表するような傑作品で、価格・音質・スペックとどれをとっても優れた製品を称え名機と呼ばれます。
その意味からして高級なハイエンド製品は全て名機かというとそうでもありません、何故なら価格が高くて音質が良いのは当たり前だからです。
手頃な価格でありながらハイエンド製品に劣らぬ音質で大ヒットを飛ばし、且つ後続機を出しながらシリーズ化されロングセラーを続けたミドルクラスの製品に付けられる傾向があります。
サンスイであればAU-α607であり上位機種のAU-α907ではありません、ソニーであればTA-F333であり上位機種のTA-F555ではないのです。
私もこういったミドルクラスでありながら、上位機種やハイエンド製品と同じ回路を使った定格出力だけのダウンサイジング版など、音質・音色は同じで価格だけが手ごろ感のあるアンプを高く評価し購入する傾向にあります。
また、後に系譜を辿るとその製品が実は名機であることが解ると後追いで優良中古を求めることもあります。
70年代のヤマハのCA-2000が絶大な評価を得た後、その系譜の発祥であるCA-1000が製造中止になっていたにも関らず人気を博して中古価格が上がり初め慌てて購入したこともあります。
こういった製品は、歴史的な価値と製品そのものの音質的価値が評価され後に名機と謳われるのです。
名機と謳われるアンプにはそれなりの意味と理由が存在しています、持つ喜び以上にこういった名機は何年経っても音質の古さを感じさせません。
名機とは名機と呼ばれる根拠がしっかり在ります、ストックラックに収まっていても名機に相応しいオーラを何時までも放っているのです。
ラックスマンの祖業は錦水堂額縁店のラジオ事業でした、当時錦水堂が発刊した「ラヂオブック」は多くの電子工作マニアを釘付けにした電子工作の神本でした。
これをきっかけにして、多くの電子工作雑誌が発行されるようになったのです。
ちなみに昭和初期の頃は「ラジオ」ではなく「ラヂオ」と記述していました、面白いですね。
日本の電気工学ものづくりに大いに貢献した1冊、どれほどの価値が有るか解りません。
私が電気工学に目覚めたのは中学2年生くらいの頃です、いろんな物を雑誌を見ながら作りましたが、大作は真空管5本を使ったラジオ(五球スーパーヘテロダイン)です。
生まれて初めてのハンダ付け、祖父に教えてもらいながら半日かかりましたが、音が出た時には嬉しかったですね。
この真空管ラジオ、まだ実家に残っています。
実家から真空管アンプや大型スピーカーを持ってくる時に、一緒に持ってくる計画です。
そんな電子工学少年の育成に貢献した「ラヂオブック」、その頃の雑誌に表紙だけ載っていた記憶があり、50数年経った今ネットで探したらなんと書籍の全てが公開されていたのです、なんという善き時代になったのでしょう。
真空管アンプの基本がここに在ります。
錦水堂ラヂオブック 出筆者:早川迭雄(ラックスマン創業者)
https://ay-denshi.com/download/radiobook_1.pdf
この数年来は週一程度でスタッフとオーディオラボで家飲みしています、この家飲みですが皆さんじっと落ち着いて飲まないのです。
その理由は、今まで聴いたことのない音質に驚いてスピーカーの近くに寄って聴いたり離れてみたりと何やら興味津々で落ち着かない様子です。
そしてサックスやドラムのソロパートになると、その場で演奏してるかのようなリアルな音に反応して「はっ」とした顔をします、その表情を見ては私も愉しく飲んでいます。
先日ボーカルのリファレンスソースで使っている尾崎豊のアルバムを聴かせてあげたら、「尾崎の声ってこんなにも高かくて澄んでいたんですね」と聴き入っていました。
ボーカルの余韻やエコー領域は14Khz以上の高音域が綺麗に出ていないと澄んだボイスになりません、またウッドベースの余韻は逆に60Hz以下の低音域が綺麗に出ていないと響きません。
まあ、こういった反応をする人は確実に将来オーディオマニアになって行きます、イタリアンレストランのスタッフは昨年私の秘贓品をお店にセットアップしてから完全にオーディオの虜になってしまって、店をオープンする前と閉めた後で一人でジャズを聴いては愉しんでいるといいます。
そんなスタッフ全員にマイオーディオを選定してあげてそれぞれがマイオーディオで愉しんでいます、それぞれの趣向や生活環境を考えて組み合わせを選定する、これもまたオーディオ道楽の愉しみです。
エントリークラスとはいえ、将来スピーカーをグレードアップするだけで音質が何段階も上がるような組み合わせをそれぞれに考えました、少なくても5年は愉しんでもらえるでしょう。
自身のオーディオコレクションを記録管理する目的で年代別に価格と共にリストアップしているのですが、ここで面白い事実が見えてきました。
それは、70年代から80年代のアンプではサンスイが圧倒的に数が多いということです、またスピーカーではダイヤトーンです。
そして、90年以降になるとデノンやオンキョーの製品群が数を増やしていきます、どの年代にもリストに乗っているブランドがヤマハ・ソニー・ケンウッド(トリオ)でした。
これって、オーディオの歴史とオーディオメーカーの黄金時代そのものを素直に反映しているということが解ったのです。
つまり、私も素直にオーディオの時代における変化をそのままに受け入れていることということです。
時代が変わっても頑なに一環として自身の考えを通す人もいれば、私のように時代の変化に順応して自身を変えていく人もいるのです。
どちらにしても、どっちつかずの中途半端に時代に翻弄される人よりも良いかと思うのです。
それにしても、見事なまでに時代を反映しているコレクションデータに流石の私も驚きました。
今回の手持ち製品の発売時期や価格を改めて調べ直していくうちにいろいろなことが解ってきました、コレクションとはただ集めるだけではなく歴史やその周辺の状況などを学べます、これがコレクションギークの一つの愉しみなのです。