
どんな事でも「無難な方法」と「ベストな方法」とが存在しているように、音にも「無難な音」と「ベストな音」が存在しています。
そもそも「無難」というのはノンリスクを指していて失敗しないことを言います、なので音に対しても悪くはないが優れているわけでもないということです。
だいたいが「無難」というのは褒めるところが無い場合に評論家やマニアが多用する表現です、対して「ベスト」というのはその人にとって最高の方法であり個性が表れるのも特徴です。
なので音に関して言えば、音質的には悪い音かもしれないがずっと聴いていたくなるような好みの音質であればその人にとってはそれがベストな音だということです。
ハイファイオーディオ道楽という愉しみは、無難な音を探すのではなく自分自身の納得がいくベストな音を追求する旅でもあります。
誰に何を言われようが自分が好んで聴いていたくなる音をアンプやスピーカーを変えては探し続ける、その道のりは極めて長く厳しいものがあります。
妥協しても後悔が大きい為に適当に妥協することもできません、例え道楽でも自身の考えに妥協する人はビジネスも含めてあらゆることに妥協してしまう人です。
妥協を許されない道のりだからこそ愉しいのです、愉しいと思えなくなったらいつでも止めたらいいのです、だって道楽だからです、そこがビジネスとの一番の違いです。
生業としてのビジネスでの愉しみと道楽の愉しみ、まったく次元の異なる愉しみがあるのです、これもまた人生の陰陽バランスというものなのです。
ラボ内のラックに並ぶ90年代のコレクションアンプです。
コレクションラックにずらりと並んだ90年代のビンテージアンプを見て思うのは、どれも実にエレガントだなということです。
90年代のプリメインアンプ
エレガントさを放つミドルクラスのアンプと、
ミニコンポ全盛時代を彷彿させるハイコンポアンプがずらり

80年代に一斉にブラックフェースで精悍になった各メーカーのアンプですが、90年代にはいると一転して大人しくなりエレガントさを放ちだします。
色はライトシルバーやシャンパンゴールドと明るくなり、デザインも華やかになります。
そして音質もバリバリ押し出してくるのではなく、ナチュラルで癖の無い良い子の音質に変わってきます。
80年代と大きく変わらないのはサンスイで、更にサンスイサウンドに磨きをかけてきたように感じます。
オンキョー・デノン・マランツは、ショールームでブラインドされるとほとんど同じような音色で、まったく区別が付かないほど惑わされた記憶があります。
ただ、全体的に音質そのものが相当向上しています。
周波数レンジは広く、シャープでレスポンスビリティも高く締まった音で個性的な音質はなく全帯域でステイディになった感があります。
逆説的な言い方をすると、90年代中盤以降のミドルクラスのアンプであれば、どのメーカーを買っても大きな外れは無いということです。
またエントリークラスのアンプの音質には驚きます、5万円以下のアンプが80年代に10万円以上したアンプよりもバランスが良く周波数レンジが広く感じるのですから。
更に90年代に入るとミニコンポ(ハイコンポ)がオーディオショップを占めるようになります。
そのミニコンポのアンプの音質は本当に個性が無いというか、みな口裏を合わせたように同じような音色なのです。
定格出力こそ低いのですが音質はバッチリで、90年代中盤以降のミニコンポ(ハイコンポ)の音質は本当に侮れません。
勿論、エントリークラスとミドルクラス、更にはハイエンドとなると音色もかなり違ってきますが、同じクラスではメーカー色が薄くなったなと感じる90年代のアンプです。
一般的には好ましい傾向だと思いますが、私にはまったくといって面白みが無いと感じてしまうのです。

オーディオブランドとして今ではあまり語られることはないブランドにテクニクスがあります、70年代後半から80年代のテクニクスは本当に世界に圧倒的な強さを見せつけるオーディオ製品を数多く輩出していました。
70年代後半の未来感覚の薄型シリーズは世界中のファンを虜にしました、そしてデザインもユニークでニューヨークにある世界芸術博物館にもレコードプレーヤーとスピーカーが日本のオーディオ製品で唯一展示されるほどです。
特にロボットというべきオートマチックのレコードプレーヤーにハイエンドアンプと、何故こんなにも薄くできるのかというくらいに薄くても頑丈な作りです。
加えて音質も最上級、まるで別世界の製品のようにも思えたことを思い出します。
今、改めて当時のテクニクスのアンプの音質を確認するとCDとの音質の相性が抜群です、特に空冷のためのスリットの一つも無い小型軽量のアルミダイキャスト製ケースに収められたセパレートアンプSE-C01とSU-C01などは45年経った今でも斬新な工業デザイン性と音質の良さに脱帽ものです。
当時のレコードでは今のCDのようなワイドレンジな音情報は無く、そのアンプの持つ本当の凄さを伝えきれていなかった可能性があります、そして重厚な音質のサンスイなどが支持されたのかもしれません。
テクニクスは1989年からはパナソニックに移行します、アンプはリーズナブルな価格で重量も軽量ですが音質は驚くほど低音域が骨太で中高音域がシャープです。
更には世界で初めてのアナログパワーICを独自開発して投入し、安価でありながらも全周波数帯域で安定した高音質を実現しました。
改めて70年代から80年代初期の頃のテクニクスのアンプを聴いていると、「こんな良い音だったっけ?」と思わず呟いてしまいます。
もしも現在こういった音質のアンプが売り出されれば飛ぶように売れると思います、まさに愉音そのものなのです。
そして音色が極めて元気で明るいのでスピーカーを選びません、ある程度のグレードのスピーカーならどんなジャンルでも愉音を発してくれます。
この発見は大きかったです、CDでジャズを愉しむなら絶対サンスイよりもテクニクスです。
こういう音色を奏でるアンプ、最新のアンプで探すのはきっと大変な時間と労力を要すると思います。
往年のテクニクスの音を再現させるアンプ、個人的にではありますが強く熱望します。

私は何故かどんなものに対しても癖の強いものが好きなのです、例えばブルーチーズのような独特の香りの強いもの、またパクチーなどの癖が強いハーブ類などは大好きで好んで食べる方です。
逆にこういった独特の個性が強い味を受け付けない人はどういう味覚をしているのだろうかと疑問さえ覚えてしまうのです、ウイスキーもウイスキーの中でも最も癖が強いと言われるアイレイシングルモルト系が大好きでボウモアやカリラなどは超が付くほど大好きです。
味や香りだけではなく音も同じで、何か目に見えない癖の強い存在を凄く意識してしまうのです。
オーディオの音色という意味では癖が強いと思うのががサンスイとラックスマンのアンプです、スピーカーではBOSEが筆頭です。
当然私の聴感覚をくすぐらないわけはなく、これらの音色は好きというよりもどうしても意識的に聴きたくなってしまうのです。
どうしてこういう音色を目指して設計したのだろう、この疑問にも似た感覚に浸るのが好きなのです。
これらの癖のあるアイテムを使って自分の好みの音色になる組み合わせを探るのが何とも言えない喜びがあります、逆に良い子の音色は確かに聴くに邪魔にはならないのですが面白みはまったく感じません。
ワーキングBGMなどでの聴き流し用のセットに何とか使っても、おそらく一生メインシステムでは使わないでしょう。
良い意味でも悪い意味でも癖が強い、この指向は物だけではなく人間に対してもその傾向が強く出ている気がします。
癖が強い=個性が強い、私にとっては興味の対象であって無視できない存在なのでしょう。
普通の人はこういう存在は面倒くさいと感じるでしょう、私は人が敬遠するような面倒くさいことがきっと好きなのかもしれません。
ラボ内のラックに並ぶ80年代のコレクションアンプです。
コレクションラックにずらりと並んだ80年代のビンテージアンプを見て思うのは、どれも「真っ黒くろすけやなー」ということです。
80年代を象徴する798戦争当時のアンプがずらり
「真っ黒くろすけ」がオンパレード

本当に80年代に入ると、どのメーカーもブラックフェースの精悍な顔つきのアンプになっていきました。
1985年には、なんと上品なラックスマンやヤマハまでも真っ黒くろすけになったのは驚きを隠せません。
「どうした? ラックスマン?」と、オーディオショップで見てはつぶやいたほどです。
70年代とは打って変わってのこの光景、そしてこれは音質にもしっかりと現れるのです。
70年代には一般市民の好みの音質の傾向が解らなかった各メーカーは、個性豊かに自由な発想で音作りをしていました。
ところが、80年代に入ると締まった豊かな低音+切れ味の良い中高音と一辺倒の音質になってきます。
オーバーな表現で言うとドンシャリ(低音と高音が持ち上がった音)傾向が強いのが80年代アンプの特徴かもしれません。
どのメーカーのどのアンプもこの傾向が若干なりとも強いと言えます、バブル景気に沸いたこの時代を象徴させるバブリーな音質なのかもしれません。
また、レコードに代わりCDへの移行が進んだ時代でもあります、求められる音質も当然70年代とは異なります。
ドンシャリ音の代表格ユーロビート(ダンスミュージック)の全盛期、オーディオメーカーもこの激しいサウンドが詰まったCDソースの音質に負けない製品を出すことに必死だったのでしょう。
70年代と音質の傾向が大きく変化しなかったのはラックスマンくらいです、クラシックファンの多いヤマハでさえもヤマハらしからぬド派手な音質に変わってしまいましたから。
そんな音質の傾向が偏りだした80年代中盤、世に言うアンプ798戦争が勃発します。
音質で大きな差を出せない各メーカーは、電源を強化しての物量勝負に打って出ます。
それまで10Kg前半のミドルクラスのアンプが、突然のように20Kg前後にまで重量化するのです。
70年代は個性的な音質での勝負の時代であるなら、80年代はバブリーな音質と重量勝負の時代だったのかもしれません。