「社長に信用しろと言われなくても信じてついていきます、ただ会社は何処へ向かっているかという計画だけは最初に聞かせてください」
これは私が起業した際に一緒についてきてくれた6人の社員の言葉です、この言葉をきっかけにプライベートでは仲良く飲んできた人でも社長と社員という関係になれば双方のスタンスが違ってくるということを明確に理解できたのです。
独立系企業の社長とは夢や計画を持って独立起業した人だと思います、つまり何の計画も目標も無くただ漠然と独立し仲間を誘うわけではないと思います。
仲間も当然のこと新規入社してくる社員たちもみんな同様に何かしらの期待するところがあって入社してくるのだと思います、しかし社長が「当社に入社してきたからには何も言わなくても自分を信じてついてくるはず」と思っているのなら大きな勘違いというものです。
一つ例を話しましょう、あなたは飛行機に乗ろうとしています、しかしその飛行機は最初から目的地が明確になっておりどのくらいの時間で目的地に到着するというのが解っています。
ですから安心して乗っていられるのです、それでもちょっとでも到着時間が遅くなったりすれば何か起きたのではと不安になります、これは当然のことなのです、別にパイロットや船長を信じていないわけでもありません、これは人間の正常な心理なのです。
でも行き先も到着までの時間も知らされないままに「信じて乗ってください」と言われて信じて乗るでしょうか、それでも信じて無理やりに乗ったとしましょう、でも不安でたまりませんよね?
企業も同じです、パイロット役や船長役の社長は企業の行き先(ビジョン)と到着時間(計画)は機会がある都度に社員全員に何かしらの方法で開示していく必要があるのです、そして変更などがあるごとにこれもスピーディに全員に開示しなくてはなりません。
それでこそ社員は安心して仕事ができるというものです、自分が社員であれば要求するものも逆の立場になれば忘れてしまうものです。
常に社長とは社員の立場でどうすれば不安なく仕事ができるかを考え行動することが肝要です、これが強い組織を作っていける経営者ということです。
「どんな良い技術を持っていようがいまいが関係ないんだよ。 企業の価値とはどれほど儲けているかだ」
これは上場を目指し会計監査法人と顧問契約したときの担当公認会計士の厳しい一言です、私なりには当然解っていたことですが改めて企業価値というものを自分に問いかけさせられた一言でした。
ベンチャー企業の多くは「自社の技術やサービスモデルはオリジナルなもので他社は真似できない、例え真似できても当社のようにノウハウが無いので上手くいかない」と言い張ります。
これは本当にそう思っているのか張ったりで言っているのかは不明ですが、みんな口をそろえたかのように同じことを言います。
実は私も起業当時は同じようなことを思っていました、ところが何年かするうちにそんなものは何の役にも立たないことが解ってくるのです。
技術力もノウハウも無い企業がどんどん成長していきます、そういう会社の多くは営業力や資金力を最大限に駆使しているのです。
銀行や投資家も凄い技術なのかは正直解りません、ただ利益を出している企業であれば「凄い技術を持っているのだろう」ということを感じているだけなのです。
銀行も投資家も回収して尚且つ利益を出すのが目的とした組織です、ちゃんと返すことができ配当することができるというのが重要なポイントなのです。
だから「銀行やVCは信用できない」とベンチャー企業経営者は言うでしょう、でもそれは第3者から見ると単なる「自分勝手な解釈」でしか映らないのです、更に自社の評価は究極の自己満足であると思われるだけなのです。
企業の価値とはやはり商品やサービスで利益をしっかり出して税金を納める、これが社会貢献であり優秀な企業なのです。
どんな良いものを作れても売れなければ評価に値しません、企業経営とはボランティアではないのです、法の下の「営利組織」なのです。
しっかりと利益を出しその上で他社の真似できない優位性ある技術や商品やサービスがあるとしたら最高に評価できる企業ということです、まず継続して利益が上げられる企業になることが最も重要なことなのです。
「個人としては実績もあるし信用しているが会社は別だよ」
私が28歳の時に法人化した際に取引のあった外資系企業の管理部長の言葉で、企業の信用というのは何かを改めて知らされた言葉でした。
フリーとして個人では契約は可能でも、法人化したらその会社は法人同士の契約となるので3期分の決算書が必要と言われたのです。
一般的には個人よりも法人としての方がはるかに信用度が増すと思われるのですが、どの企業も同じような契約条件があります。
したがって法人化後は直接契約は行えないために、しばらく他の関連企業の口座を借りての間接契約を行うのが一般的です。
考えてみればこれは非常に面白い事実です、つまり業務を行う方が倒産したとしてもお金を払う必要がなくなるのでリスクは無いと思われるからです、ところがこの裏にはお金の問題ではなく業務の推進が止まることへのリスクヘッジが大きいのです。
法人契約の場合は倒産したら責任を取りたくても取れない状況になるからです、その点個人は自己破産で金銭での免責はあっても倒産という事態は発生しませんからいつまでも履行責任を追及できるのです。
法人は3期以上安定して経営していることが取引条件としているのが現実です、要は法人の信用は個人に比べて低いのです。
そういえば銀行も起業当初は個人には貸してくれますが、法人が借りるためには最低3期の決算後でないと難しいと同じことを言われた記憶があります。
経営者1人の法人でもその経営者個人は借りられるが法人は不可能、これもなんとも面白い事実です。
何故なら法人の場合は必ず経営者の保障が付きます、つまり個人と同じだと思うのですが同じではないのです、法人化を考えるときにはこれを視野に入れてタイミングを見極めていただきたいと思います。
「NDA契約? それは信頼があれば不要でしょ? 当社を信頼できないの?」
大手商社と事業提携を進めていく中での相手企業の専務の言葉でした、これは私のなかでのパートナー企業との信用・信頼感という意義を大きく変えた一言でした。
「NDA」契約とは「Non Disclosure Agreement」のことで日本語では「機密保持契約」のことです、バブル期辺りから日本でも単に「NDA」と呼ばれており、要約すると「相互に相手企業の事業推進上知りえた如何なる情報も第3者に洩らしません」と宣言するものです。
通常の場合では業務提携や基本契約が行われる過程において一時的に交わされる契約書(覚書)です、基本契約に至った場合は基本契約書に同様の旨が記載されるために廃棄される(失効)のが普通です。
基本契約に至らなかった場合は、向こう5年間など比較的長期に渡り機密保持を約束することを記載するのが一般的になっています。
冒頭の商社とはその後に販売業務提携という形になり事業推進上の重要なパートナーの一社となりました、私としては相手企業は東証一部上場の企業です、当然のこと近年言われるところの「企業コンプライアンス」意識に照らし合わせてもNDA契約が必要と考え、むしろこちらから失礼がないように切り出したつもりでした。
ところが専務曰く「人間関係という信頼関係が一番なんだよ、それが確信できない者や信用できない者がやれ機密保持だのNDAだのと言うんだ」と、この一件以来パートナー候補企業に対して私から先にNDAや機密保持契約という言葉を一切使わなくなりました、むしろどんな相手でも向こうの意思に任せるようになりました。
ただ周囲にはその危険性を叫ぶ声もあることは確かです、また将来のリスクを考えればNDA契約締結は必須だと思います。
ここで言いたい事は提携を前提にした相手に知られて困るような企業情報とは何なのかということです、新規事業やビジネスプランなどを真似されたら困るでしょうか?
正直な話し全然困らないのです、どんどん真似てやって欲しいとさえ思います、むしろ市場が活性化し広がることに繋がりこちら側には何らのマイナスになるとは思えないです。
特にIT業界は今日の情報はもう明日には古い情報となり殆ど意味の無いものとなります、実際に事業とは日々進化と変化を繰り返すものですから。
退社する社員がいろいろな資料を持ち出すことがあります、顧客情報と取引関係以外は私はあえてうるさく言いませんし「当社で学んだことを活用していいよ」と言っています。
そう考えればNDAを結ぶことや情報機密に気を使うよりも人間関係を損ねないことに気を使ったほうが数倍良いということではないでしょうか、ただし絶対に公開されてはいけない情報があります、それは業務上知りえた相手企業の「個人情報」です。
「当行は会社に融資したんじゃない、社長に融資したんだ!」
私の大きな勘違いを気付かせてくれたメインバンクの担当課長の一言です、企業は事業の成長と共に組織そのものも大きくなっていきます、新事業への投資を受けるために会計監査法人や経営コンサルタントなどを顧問にして経営全般に対しての指導を受けるようになります。
彼らはしきりに「スーパーマン社長(一人で経営も営業も技術もやってしまう)の危険性を訴えてきます、また近代経営などの資料を持ってきては読んでおいてくれと言います、これらには社長の身に何か起きたとき会社を守るための手法として危機管理などが示されています。
これらを読み彼らの話を聞くうちに「なるほど、こうしないと確かに危険だな」と素直に考えるようになってきます、そこで役員会で権限と責任の分散を行う決議を取り社内のルールを改正していきます。
この改正から約1年後辺りから銀行や出資企業の態度が徐々に変化を見せ始めてきたのです、銀行は貸し渋るようになり出資企業も役員会に出てこなくなってきました。
現場の社員やパートナー企業から担当役員に対する不信や不安、反発のメールが直接私に送られるようになってきたのもこの頃からです。
当の私は権限と責任を分散したことで事業推進以外は口も出さないようになり、頭の中から資金繰りと社内マネージメントに関することは薄れてきていたのも確かです。
そして大きな新事業推進のための金融支援を要請するためにメインバンクに久しぶりに顔を出したところ、担当課長からいきなり冒頭の言葉が返ってきたのです。
更に続けて「ベンチャー企業とは社長のアイデアと推進力が命なんです、それがベンチャー企業の最大の魅力じゃないですか? それを他の役員に任せてどうするんですか? 正直今の貴社には以前に見る輝くような魅力は何も無い、今の状況を続けるのであれば当行は支援をお断りするしかありません」、顔面蒼白になり頭を強く叩かれたような気持ちになった瞬間でした。
私はなんていう過ちをおかしていたのでしょうか、ベンチャー企業の社長はあくまでも自分の事業アイデアを前面に出し社内外をリードしていかなくては駄目なのです。
ベンチャー企業や中小企業の経営者は権限や責任を他者に委譲できるわけがないのです、何故なら融資は全て社長の個人保障なのですから。
スーパーマン社長の危険性とは実はそういうことではないのです、社長が入院しても資金繰りの不安や事業推進が止まらないような社内システムを構築することが肝要で、それがイコール権限と責任の分散ではないのです。
ベンチャー企業や中小企業の社長はある意味ワンマンじゃなくては駄目なのです、そしてこれはイコールワンマン経営とは次元が違うのです。