今年は1月中旬より花粉が飛び始めており例年よりも早く花粉症の季節がやってまいりました、特に3月中旬からの勢いは過去最大ではないかと言われており私は外ではまともに目を開けていられないし、鼻水が止まらず花粉を常に意識しなくてはならない生活を余儀なくされています。
ところで私が花粉アレルギーを最初に発症したのは30歳代前半の春ごろ出張である地に行ったときです、急に目に違和感を感じて涙が止まらなくなりその後恐ろしいほどの目の痒みとくしゃみに襲われました、ホテルに戻って目を水で流したら少し落ち着きましたが翌朝今度は鼻水が止まらず喉の痛みと熱もかなり上がっているのが実感できました。
東京に戻りその足で珍しく病院に行きました、これまでに経験のない症状で何か変なウイルスにでも感染したのではないかという怖さが沸き上がったからです、診察の結果は花粉アレルギーということで人生で初めて花粉でアレルギーを起こすことを知ったわけです、その数年後にニュースなどで花粉情報が出るようになり花粉症が一般的に知られるようになりました。
私のアレルゲンとなる花粉は多くの人が引き起こすスギも例外ではないのですが特にハンノキとブタクサに強烈に反応するようです、季節的には早ければ毎年12月後半から4月中旬くらいまでで5月の連休を過ぎると急に楽になります、こんなことが30余年も続いているのです。
そして新たに判明したアレルゲンがあります、それはヒノキです、先日理想郷の本丸に植えられている約50本のヒノキのうち10本ほどを剪定した際に目に見えるほどの花粉が飛散しアレルギー症状を起こしてしまいました、2週間前にも剪定したのですがその際には起きなかったということは花粉がまだ飛散しない時期だったと推察できます。
ところで海外に行くと花粉シーズンにも関わらずまったくアレルギーを起こさず快適なのです、つい先日も台湾に行っていたのですが気温的には東京とほとんど同じでしたが花粉症状は全く現れず快適でした、そんな経験をしてしまったので寒さが厳しくなる頃から4月いっぱいまでは台湾で過ごそうかななんて考えたりします。
さて、ここ理想郷の地は私がアレルギーを引き起こすハンノキや先日判明したヒノキが多数自生している地で東京にいるときよりもひどい日がありました、他にも四季折々に数々の花が咲き乱れているのでどの花粉でアレルギーを起こしているのか解りません。
ただ私は前向きに捉えていて花粉アレルギーを寛解(かんかい)させるビックチャンスになるかもしれないと考えているのです、というのは私は子供の頃に卵と甲殻類アレルギーで全身に発疹ができ呼吸困難になるほどアナフィラキシーショックがひどかったのですが軍医だった父親の荒治療で中学に入るころにはほぼ寛解していたのです。
そんなわけでアレルギーはいつかは寛解することを身をもって体験してしまっているので前向きに捉えることができるのです、ビジネスもプライベートもそして病も逃げずに自分を信じて立ち向かう、子供の頃からきっとそんな逃げずに果敢に戦い続ける荒治療思考がしっかり身についてしまったのかもしれません。
26歳の時に大手外資系企業にヘッドハンティングによってフリーSEとして入社して以来海外出張が当たり前のようになりました、以来独立起業後もその波は消えず約50都市以上を行き来し最も多い海外都市は250回を超えます、そんなグローバル人生において老後の人生観にグローバルを意識しないはずはありません。
隠居の波が来たと思ったら突然のように降って湧いてきた人生で4度目となるグローバル波の再来でこのところは更に強く意識しています、海外のファンドから出資の話が持ち上がるや否や急ピッチでグローバル展開がスタートし現在では3ヶ国との取引が実現しています。
更にはあっという間に開発拠点が2ヶ国に誕生し新たにオフショアというグローバルビジネスも始動させました、そしてこういった施策は今後更に増えていくことになるでしょう、本当に海外での老後生活拠点もそう遠くないうちに確立するかもしれません、否こういった波は必ず一つの方向へ収束していくものです。
ところで海外の生活拠点の話を周辺にしていると必ず聞かれるのが「いくつも畑や果樹園が有って道楽でも植物をたくさん育てているのに長期間海外に行っている間はどうするのですか?」というものです。
でも私の人生すべてが成るように成ると考えているので常に不安を覚えることはありません、海外に行っている間に世話をしてくれる人を雇えばいいだけですから、人件費が嵩むというのであれば利益を上げればいいだけです、こういった発想は普通の人だったらおそらく出てこないかもしれません。
波が来たら抗わず素直に乗る、それを行うに必要なものは全て得る、何事も自然の摂理通りに事を進めるだけです、そして強い意識は必ず実現するのです、人生とは生きている間だけです、やりたい事はやれる時が来たらやりたいようにやるだけです、これが「人生を愉しむ」ということだと思うのです。
本丸住居のぶち壊しや床下の基礎工事が完了しいよいよ本丸住居の内装工事が始まるというこの期に及んで何と私の中に大きな違和感が湧き上がってきたのです、それは本丸は近代農業の研究・実験する場所になっても永住する場所にはなり得ないという感覚です。
理由はいろいろあります、一番は南側に小高い山があり冬場に朝日が差し込むのが極めて遅い時間帯になるということです、これは私が過去研究した陰陽五行思想に反しています、つまり健康などを含めて考えるに気の流れがよろしくないということです。
陰陽五行思想では生活するうえで最も良い環境として東と南側が開けており清い水の流れがあること、そして西と北側には山があることとしています、これは朝一番で日光が差し込み夕方には日光を遮り北風を防ぐために四季を通して考えるに最適な環境だということが解ります。
四季折々に何度も本丸に来ては日光の差し込みや風の向きなどを観察してきてこの冬に違和感の原因が一気に理解できたのです、そして少し北西側にずれたところにある家は南側の山の影響を受けずに朝日が日の出と共に差し込んでいます。
もし本丸のエリア拡大計画でその北西の家辺りまで買い込めるようならその辺りに住居を構えようと思っています、ちなみにその辺りには家がポツンポツンと建っており数年もすれば売りに出すかもしれません。
そんなわけで永住の住居にしようと考えていた本丸の住居は農業の研究・実験する施設と果実などの加工工場として使うように計画変更です、また休憩や気候の良い季節の宿泊所としても使えます、つまりここ本丸の地は圃場ということになります。
住居として使うのでないなら冷暖房効率を考えてのサンルームは不要となり床や壁も一般的な仕様となるので特注部分がなく工事もスピーディで安価になります、設備も全て拘りを捨て簡易なスタンダードもので充分です。
ということで本丸に永住したいと考えていた計画は一旦白紙になりました、ではいったい私の永住の住居はどこになるのでしょう、老後の生活環境を考えると意外な所に落ち着くのかもしれません、それは天の時が来れば解ることです、天はまだ永住の場所を決めるのは早いと言っているのですから、今はただただ天の声を素直に聞き受け入れるとしましょう。
地方オフィスの物件を購入して3回目の春、本丸の物件を購入して2回目の春を迎えます、春は花粉症がなければ気候的には最高なのですが厄介なのは至る所で雑草が生えてくることです、畑や果樹園は勿論のこと生えてほしくない庭や住居の周囲にもびっしり生えてきます。
さてそんな雑草ですがここにきて気付くことがあります、それは雑草の種類が年々変わってきてるということです、長年放置されていた畑には最初はヤブガラシ・ドクダミ・オヒシバなど厄介な雑草がびっしり生えていたのですがサツマイモやカボチャなどを植えて収穫しているうちに徐々に減ってきたのです。
現在ではオオイヌノフグリやホトケノザなど簡単に抜ける花の咲く雑草がほとんどです、そして土の質もだいぶ変わりました、最初は粘土のように硬かったのですが現在ではさらっとしており雨が降っても固まることはありません。
こういった雑草の種類が変わることで土壌の状態を測るという土壌理論が確立しています、生えている雑草の種類を見てその土壌に適合する野菜を育てればよいという指標として利用されています、その意味では現在のオフィスの実験農場の土壌はほぼどんな野菜でも育つ土壌に変化したということが解ります。
この理論を知ってからというものオフィスや本丸の土壌の状態が解るようになり何をしなければならないかということも計算できるようになりました、本当に自然とは面白いです、土壌の状態によって雑草も住み分けしているということですから。
自然の状態に人間の手が一度でも加わり人間の都合によって栽培する植物を植えた瞬間、そこはもう自然の状態ではなく人工的に造られた土壌に変化してしまうのです。
いくら自然農法と言っても本当の意味での自然ではないということです、道楽農業で自然の摂理を日々学ばせてもらっています、本物の自然農法とはいったい何なのだろうか、何を以て自然農法と言えるのだろうか、土も起さない種も撒かない雑草も刈らない放置農法とは本来の農業なのだろうか。
この歳になってつくづく思うことがあります、「捨てる神あれば拾う神あり」、本当に人間関係否それも含めて人生とはこの一言に尽きるのかもしれません。
この人がいなくなると大変なことになる、起業してから四十数年というもの突然経営幹部がスピンアウトして離れて行ったり開発の要がヘッドハンティングされたり幾度となく窮地を経験してきました、でも必ずと言ってよいほど空いた穴を埋める人が突然のように目の前に現れるのです。
どんな人との出会いもそれ以前にはその人とは出会っていないわけです、きっかけが無かったら出会っていなかった人がいなくなったということは出会う前に戻ったということです、つまりこれからも常に出会いのチャンスが幾度となく訪れるということです。
そして重要な人材がいなくなった後にこれまで以上の善い状況にもっていけばどんな離別も必然の離別となります、つまり離別したことによって新たな有益な人と出会い、その出会いによって理郎的な状況に変わるかもしれないのです、だから離別を怖がる必要もないし心配することも何もないのです。
自分だってスピンアウトして起業したし、今よりも高いところを目指してお荷物になる人と離別を選択してきたのです、他者だって同じことで理由があって離別を選択するわけです、気持ちよく笑顔で見送ってあげればよろしいかと思います。
離別が間違っていたと思えば誤りを認めて戻ってくる人もいるし、永遠の別れになる人もいます、それもみな自身が望んで選択してきた結果なのです、自身ですべての結果責任をとれば済む話です。
結果責任をとれない他者依存の強い人は自律できていないのだと思います、そういう人ほど人が去ることに恐怖心を覚えるのです、他者だって自分の人生を全うしているに過ぎません、その人生の中でたまたま出会い同じ時空間を一時期に共有していたに過ぎないのです、そう考えれば出会いに意味があるように離別にも大きな意味があるのです。
何事にも意味と理由があることを理解し真摯に受け入れることによって対象の事象に価値を見出せるのです、そういう人は人生を100万倍も愉しめる人なんだと思います、「捨てる神あれば拾う神あり」、実に前向きな気持ちにさせてくれる響きです。