ここ30年来の世の中の関心事は経済の回復だと思います、そこで景気回復を肌で感じたら考えるべきことがあります、頭の片隅にでも置いていただければ幸いです。
ズバリ、景気が回復すると明らかに社会の全てでこれまでの流れが変わってきます。
災害時の緊急事態や不景気の時には生活は大変ですが意外と孤立感はありません、それは苦しいのはみんな一緒だというある意味での安心感があるからです。
しかし景気が一旦回復するとそれぞれのビジネスが忙しくなり生活も一変します、これまでのようにみんなで励まし合うという状況ではなくなります。
それまでの仲間が明らかに勝者と敗者に別れていきます、またボランティアやコミュニティなどの交流会が一斉に解散していきます、これは過去の統計からも導き出される真実です。
バブル景気時代に栄華を大いに謳歌する人達とそれを横目に夜逃げする人達がいたことを今の若い世代の人たちは知りません、好景気とは勝者と敗者に大きく二極分化される非情な時代でもあるのです。
好景気が感じられるようになると励まし合ってきた時代が終焉します、そして誰が他者より先に青信号に変わった瞬間に飛び出すかという、まさに競合社会が形成されていきます。
先に飛び出した人は次の時代の先駆者利得を約束され、次にその人の後に続く人、最悪なのが先に行く人を見て安全を確認してから渡ろうとする慎重すぎる人です。
この時点で既に狭い横断歩道に大勢が押し掛けてきて渡ることすらできなくなります、いつの時代も景気回復前夜とはこんな状況です。
成功する人とは、みんなが信号待ちしている間にリスクを冒してまでも安全な横断ポイントを探して既に無事渡り切っている人です。
みんなと同じことをやっていては勝者にはなれません、みんながやっていることをやっていては例え上手くいっても普通の人と同じレベルで終わります。
それであるなら起業して経営者になる意味も理由も見出せません、だからまだ世の中が赤信号のうちにリスクを冒してまでも渡る術を必死に身につけることが重要なのです。
そして一緒に渡ってくれる人、安全を確保しつつ渡らせてくれる人、自分に自信の無い人は今こそ自分の未来を保障してくれる人を探す最後のチャンスだと思います。
若い人は不要な出費に対して「損した」と言います、確かに若い時は誰しも見返りのないお金を損失だとして何時までも気にするものです。
私も五十歳くらいまでは貸したお金が戻ってこなかったり、高い買い物をして結局使わずに無駄にしたことなどを何時までも頭の隅に記憶していて、思い出しては何か損した気分になったものです。
でも、歳を重ねるうちに戻ってこなくなったお金に対してそれほど気にならなくなってきます。
例えば、先の9.11同時多発テロの際には都内の豪華マンションが買えるほどの損失を株の信用取引で一夜にして失いました。
更には、国内外のベンチャー企業に投資をしては結局未だに1円も戻ってはきません、ネットワークビジネスにはまった友人から使いもしない大きな買い物もしたこともあります。
私はこういった事項はすべて、「今幸せに暮らせているのだから過去のことは終わったものとして未来を考えて生きよう」と考えることにしています。
過去の戻ってこないお金はある意味で直接的な利益は何も生まないかもしれません、でもそれによって別の方向から何時かは必ずお金は回ってくるのです、そういう意味ではすべてが投資なのです。
私は「散財」という言葉が大嫌いで一度も使ったことがありません、失ったお金はすべてが未来への「投資」だと考えるようにしています。
そう考えると過去を引きずることもなく前向きに生きていけるのです、幸せを掴みたいのであれば過去の失ったお金のことを引きずらないことです。
そして、これから先の入ってくるお金のことを楽しみに考えている方が未来が明るく輝くものになります。
お金とは居心地を求めて世間を回るのです、そしてぐるぐると回してくれる人のところに寄りたがるのです、お金は自由に伸び伸びと働きたいのです、だから決して一ヶ所に閉じ込めてはいけないのです。
お金が出ていくことを恐れて出し惜しみしているときより、気持ち良くお金を使っているときのほうが元気よく過ごせています、これは私の経験上明確に言えることです。
経営者はとかく結果を早期に欲しがる傾向があります、それは時代の流れが速いからなのか早期に結果を出そうとしているからなのかは解りません。
しかし結果を早期に出したいのであれば、結果を導くためのプロセスとその段階をしっかりと消化していかなくてはなりません。
プロセスをしっかりと踏んで事に当たるから展開も結果的に相応のものとなるのです、当然消化不良の中途半端なプロセスでの展開など取るに足らないものとなります。
思った通りの結果が欲しいなら行うべきプロセスにじっくりと取り組むことが肝要です、成功とはプロセスの延長線上にしか存在していないのです。
何事も短絡思考は有を生みません、コツコツと行うプロセスの中にしか成功法則はないのです。
そもそも事業計画とは目標をゴールとした計画なのですから、その間のプロセスをしっかり見極めてスケジューリングしたものであるはずです。
であれば自身が計画した事をスケジュール通りに実行することです、その結果として計画通りのゴールが導かれるのです。
そして行動している間はゴールだけを見ることです、他者事に気を取られている時間は無いのです。
元ボクシングヘビー級世界王者モハメッド・アリの、「俺は強いからチャンピオンなのではない、チャンピオンだから強いんだ」というけだし名言が何歳になっても頭から離れません。
同じように一度確立されたブランドは本当に偉大であり強いです、ブランドが独り歩きを始めメーカーは更に大きな後ろ盾として活用できるという本物のブランド確立の重要性を改めて知らされます。
本物のブランドは意図的に作られたものではありません、実績と多くのファンによって長い時間をかけて培われたものです、その結果として世界に認められるブランドになったのです。
また、一度確立されたブランドは各種のスキャンダルでさえも味方にしてしまうほどの無敵の鉾盾でもあります。
対して意図的に作られた似非ブランドは何かの拍子に簡単に壊れてしまいます、そしてスキャンダルであっという間に消えてしまいます。
これは何も商品だけではなく国や人でも同じことです、本物はライバルに囲まれても多くの味方とファンに恵まれ極めて強靭なのです。
本物のブランドを確立したいのであれば、最低でも10年かかると覚悟して何が起ころうが確立させたポリシーを継続させることです、継続した姿勢と行動の先にしか本物のブランドの確立はありません。
ちなみに今では世界最高峰の世界ブランドの時計メーカーですが、設立10年間ほどは月産1~2個だったそうです、つまり年間で20個ほどしか作れなかったというほど部品の全てをそれぞれの職人が手作りで作り上げていたのです。
本物は本物を解る人だけに使われ愛されるのです、だから価格など安かろうが高かろうが関係ないのです。
成功するもの作りは高額になっても本物志向を通すか、もしくは価格を見て買う人向けにできるだけ安く作るかのどちらかです。
どちらで勝負するか、それは経営者のポリシーに従うところでよいのです。
成功者と成功していない人、観察しているうちに法則のようなものが見えてきます。
例えば成功者は利益に繋がる人にはどんどんお金を継ぎ込みますが一銭にもならない人には一円も使いません、ところが成功していない人は利益にならない人にお金を継ぎ込んでは未来に有益になる人に出し惜しみしています。
例えば成功者は話すタイミングを相手の波動とシンクロさせています、ところが成功していない人はいつも自分の気持が優先で相手の波動を無視しています。
例えば成功者は動かないときには寝たふりを決めて一切動かず、ここぞの時にはどこにそんなパワーを潜めていたかと思うほど複数同時に一気に進めます、ところが成功していない人は何時も同じペースでメリハリが無く、ここぞの時が感じ取れないのか普段と変わらぬ行動に始終します。
例えば成功者は信頼できる人からの情報だけを信じて即行動に移します、だから信念がぶれることもなく無駄なエネルギーやお金を使いません、ところが成功していない人はいろんな人から情報を得ては悩みながらも行動します、だから信念に一貫性が無く他者に翻弄されては無駄なエネルギーとお金を使って結果何も生みません。
例えば成功者は常に成功者がいる空間を好み、学び多い会話の場を楽しみます、ところが成功していない人は特別な生き方ではなく極々平凡な庶民感覚の人がいる空間を好みます、そして神経質な話しを避けては井戸端会議の場を楽しみます。
成功を1度でも経験している人とそうでない人は、何故こんなにも思考と行動に差がでるのでしょうか、誰を選び誰を信じるのか、そして優先すべき事項は何か?
成功者とそうでない人の差は自身の周りの気の流れを敏感に感じとり常に冷静に正しい判断ができるかどうか、結局そこだけなのです。
成功した後にやりたいことをやって会いたい人と会っても決して遅くはないです、その時には先々の不安もないしお金の心配もないのですから、真の自由気ままな生活を手に入れることができるのです。
人生のほんの数年間だけ自我を抑えて試練に耐えた者だけが結果的に成功を収め、そして一度経験した成功法則の肌感覚はどんなときにも忘れることはありません。
だから、どんなときでも自然に身体が動きトラブルを避け上手くいく方向へ進めることができるのです。
成功した喜びは成功した人だけしか真に理解することができないのです、だから一度で良い、偶然でも良い、他力本願でも良い、できるだけ若いうちに一度は成功を経験しておいてほしいのです。
常に存在感を示し自信たっぷりの余裕の姿勢、これもまた一度でも成功すればしっかりと身につくものなのです。
「成功したことが無い」というフラストレーションとコンプレックスは、歳と共にどんどん小さくまとまるようになり還暦を越える頃には周囲にビクビクして生きるようになってしまいます。
その反動からか、常に上から目線の話し方やナルシストな姿勢は痛々しいほどに惨めです。