
1990年代前半に起きたバブル経済の崩壊に伴いスピーカー598戦争&アンプ798戦争が終焉を迎えます、そしてオーディオ界に氷河期とも言えるお寒い時代が訪れます。
この氷河期では、多くのオーディオメーカーはモバイルオーディオやパーソナル使用を目的とした安価で手軽な家電オーディオ製品を出すようになり、本格的なアナログに力を入れた魅力的な正統派オーディオ製品が徐々に姿を消していきました。
その後サンスイが経営破綻を起こし、更にダイヤトーンの事業撤退などが続き、正統派オーディオ製品の空白時代に突入します。
スピーカーユニットでもコーラルの破綻やテクニクスの事業撤退が相次ぎ、スピーカーユニットメーカーはフォステクスだけとなりました、これに伴ってDIY(手作り)スピーカーブームも同様に一気に終焉していきました。
強いブランドが姿を消すとそれまでのライバル企業が台頭してくるのではないのです、業界全体が縮小するのです、これはどの業界でも同じでライバル同士が競合するところに魅力的な製品が生まれ市場が活性化するのです。
「競争こそ美学」、これは資本主義経済の根本原則なのです、そしてオーディオ氷河期時代に多くのオーディオマニアは行き場を失いました。
私もオーディオショップに行かなくなり休みの日は家でのんびりジャズやアメリカのSFテレビドラマを楽しむようになりました、オーディオショップは閑古鳥が鳴き多くのオーディオショップが閉店に追い込まれたのもこの頃です。
家電量販店ではオーディオコーナーが姿を消し代わりにイヤホンやモバイルオーディオのコーナーが新設されました、オーディオらしき展示品はミニコンポ程度です、本当にオーディオと共に歩んできた一人として悲しい気持ちになったものです。
そして2007年暮れ、私の事業家人生にも大きな転換期が訪れオーディオとホームシアター道楽を封印したので、おそらくオーディオ界が80年代後半のような状況であれば私の事業家人生の転換期は起こらなかったのかもしれません。
闘志を燃やす対象が無くなると人間は精神的に弱くなるのです、闘争本能が消えた戦士は強い者に飲みこまれるしかないのです、2007年暮れのクリスマスの夜事業家人生で初めて味わう大手企業の傘下に入るという苦すぎる辛酸、その裏にオーディオ氷河期が少なからず関係していたように思えます。
2018年の秋約11年のオーディオとホームシアター道楽封印からの復活、その裏に私も事業家に復帰を決めて本格的に動き出した時期と一致しています、たかが道楽、されど道楽、いろんな意味で人生の状況をそのまま現しているのかもしれません。

過日の新型コロナウイルスパンデミックによりテレワークやソーシャルディスタンスなどの新たな社会構造の変化が次々と飛び出しました、そんな状況はオーディオ界にも大きな影響を及ぼしました、それはオーディオの中古市場が過去最高値というくらいにまで高騰したことです。
その変化を感じたのがCDやDVDなどのオーディオやホームシアターのソースの中古価格が上昇したことによります、更にこの10年ほどの間に発売された割と新しいオーディオ関連製品の中古市場が軒並み高騰しました。
人の心理とは実に解り易いです、外出を控え家に籠ってすることは音楽や映画などの鑑賞というわけです、こういった状況下においては賢い人は購入を控えます、そして世の中の流れを読みつつ沈静化を待って購入のタイミングを見定めるのです。
ただし逆にこういった買い手市場の際にはこれまで探しても出てこなかったレア物が多数出てきます、更に賢い人はこういう時期を逃さず買える時に価格に無関係に確実に確保するのです。
どんな時代でも世の中の動きに合わせるのか、それとも独自の感性に従って他者と逆の流れに乗るのか、その結果は数年後には雲泥の差となります。
私は常に自身の感性に従って動きます、そしてその結果も潔く受け入れる覚悟でいます、どんなことも世の流れに翻弄されるのか自身の感性で動くのか、この判断と行動は非情にもその後の運命を決定する程の結果を齎します。

90年以前のオーディオ製品で名機と言われたビンテージ製品がオーディオ中古市場で高騰しています、オーディオショップの中古販売サイトで過去の履歴を調べてみた結果なのですが10年前と比べて軒並み2倍以上の値段になっています。
それでもネットに出るや否や即売状態となっています、現在オーディオ界に何が起きているのでしょうか?
考えるに昔の往年のオーディオマニアがビジネスから隠居して自由な時間が取れるようになったのではないでしょうか、これまで仕事で忙しくてオーディオを楽しむ時間が無かったのでしょう、隠居して時間が出来るようになり好きなオーディオに使える時間が取れるようになったのではないかと思うのです。
値上がり率が高いのがラックスマンのアンプです、特に真空管アンプは40年以上経っている中古にもかかわらず発売時の3倍という価格が付いているものもあります、アンプではラックスマンとアキュフェーズ、海外品ではマッキントッシュとマランツの人気はやはり高いです。
そもそも往年のオーディオマニアは当時20歳代ですから当時10万円以上のアンプは月収手取り額の倍ですから神の領域のアンプだったわけです、買いたくも買えなかったというストレスが買える年代になって爆発しているのかもしれません。
押さえていた好きなことを生きている間にやれるのは本当に幸せなことだと思うのです、そして本当に好きなことは例え一時的に中断していても何時かはまたやれるようになります。
やれないときには復活の天の時をじっと待つ、その待った期間に相応して再開の時は喜びが大きくなるのです。

生演奏や高音質のオーディオ製品で音楽を愉しむことによって耳は音質に確実に敏感になっていきます、ここでオーディオに対する耳の成長ステップというのが存在しています。
先ず最初のうちは低音域に神経がいきます、豊かに低音が響いているかは解り易い尺度でもあります、そのうち低音域の質の違いが解ってきます。
同じ低音でもレスポンスが早くて切れが良く硬質な感じの低音もあれば、部屋に充満するようなドロッとした粘質系の低音もあります、こういった音色の違いは各種のスピーカーを日頃から聴き比べていると自然に解ってくるものです。
次の段階は高音域です、これも最初のうちは高音域が出ているかとか伸びているかなどですが、そのうち同じドラムのハイハットやクラッシャーでも響き方がまるで違うことが解ってきます、音の響きや余韻などに神経がいくようになるとかなり耳は肥えてきています。
そして最後に到達するのが中音域です、中音域は多くの楽器や声の主音域であり音質の要となる領域で出て当たり前の領域でもあるのです、それだけにスピーカーの善し悪しが全て出るとも言えるし最も違いが解りずらい領域であるとも言えるのです。
ボイスでは「艶」と言われている生の声に近い繊細な響きかどうかとか、ピアノやサックスなどが張り出しているがうるさく感じないとか、微妙な音質の違いを聞き分けるにはかなりの経験が必要になってきます。
こういった音質そのものではなく全体的な音の傾向を「音質」ではなく「音色(ねいろ)」と言い表します、音質ではなく音色を感じるようになるとかなり耳が肥えてきていると思います。
また不思議なことに音色に大きく関与しているのが本来であれば悪者扱いされる「歪」です、どの周波数帯域で僅かな歪が生じているのか、この歪によって音色が大きく変わってきます。
歪はアンプとスピーカーに多く存在しています、その固有の歪が音の個性となって現れるのです、ちなみにデジタルアンプは歪がゼロです、その意味ではスピーカーの個性を出しやすいとも言えます。
最初のうちはどのスピーカーやアンプで聴いてもみんな良い音に感じます、それはまだオーディオの耳に成長していない証拠です。
耳もステップを踏んで成長していくものです、経験を通して音質や音色を聴き分けられるように可能な限りいろいろな製品の音を聴いてほしいと思います。
どんなことも一朝一夕では叶わないということです、オーディオも自分の耳が熟すのを待つという余裕がないと本当の意味でオーディオを心から愉しめないのです。
そして本物と言われる名機の音を何度も聴いて耳を善い音に馴らしておくことも重要です、なぜなら比較する音が悪ければ善い音かどうかを聴き分けることができないからです。

昔から「男の料理」という概念的な言葉があります、昭和な時代に言われるようになった「男の料理」とは、勿論食べる事を目的にしているのですが作る喜びとその過程を愉しむ料理といえます。
食材の持つ美味しさを究極なまでに引き出す「男の料理」は極めて比経済的でもあります、手間を惜しまず時間をかけるところはしっかりかけて熟成や煮込みを行います。
食べて美味しければよいだけでは納得しないのです、美味しいのは当たり前でそこに熟成や煮込むことでの微妙な味の向こう側に在る要素を引き出そうとするのです。
食材にも拘ります、安かろう不味かろうでは納得せず世界の有名なハムやチーズを取り寄せたりして本物の味をしっかり学んでから料理に活かします。
こんな「男の料理」とオーディオって凄く似ているなと思うのです、納得するまで時間と手間とお金を惜しまない、本物をまず自分で確認してから自分流の方法を編み出していく。
まさにオーディオ道楽は「男の料理」そのものです、オーディオマニアに「男の料理」を行う人が多いのも頷けます。
時間と手間とお金を惜しまず目的としたものを追求する、きっと世界観的に同じものを感じるのでしょう。
「音楽が聴ければ何でもいい」、という男性は多分「食べられればインスタントでもいい」という人なのではないでしょうか、道楽を愉しむ人は確実に食にも拘る人なのです。