成長するためには人と同じことをしない。
他人と同じことを考えて実行しているだけでは競争原理に押しつぶされてしまいます。
そこは資金力の勝負となってしまいます。
資金力は事業を成長させるには必須ではありますが、それをどこに集中させるのかによって大きく変わってきます。
特に5年後、10年後を見据えて正確にイメージし、他者が投資していない領域で優位性を強く打ち出すことが重要になってきます。
代表はそれを常に実践されてきました。
よく教えていただくことに、常に先をイメージしろ、今のテーブル上に無いものを考えろ、というものがあります。
今あるものだけで考えてしまうと思考が狭まってしまいますし、それこそ10年後にどうなるべきかというものが見えていなければ、「今のテーブルにないが準備すべきもの」が全く見えてきません。
これらはできる人とできない人がいるようです。
であるならば、できる人に教えを乞い、それを実践していくことこそ成長への近道になります。
勝者の成功思考
最近業務が滞り、仕事が溜まり、ミスも続いていました。 指摘を受けると「すみません」しか出てこない状態になっていました。
その様子を見て師匠から「『すみません』は『ありがとうございます』に置換できる」「本当に『すみません』を言っている間は脳の回復が起きず、新しい思考ができない」という趣旨の言葉をいただきました。
ここで自分の中ではっきりしたのは「すみません」という言葉の是非ではなく責任の置き方でした。 すみませんは責任を相手に残す言葉でした。 謝って終えることでその先の判断や確認を相手に委ねたままにし、自分が引き取るべき作業を宙に残していました。 結果として相手がフォローや判断を背負せ、こちらは「謝った」という動作だけで止まっていたのだと思います。
もう一つは「すみません」と「ありがとうございます」が自分の中で同居していなかった点です。 申し訳なさが立ち上がると視野が自分側に寄り、相手が指摘に至るまでに使った思考や時間が見えにくくなっていました。 感謝にたどり着けない状態でした。
そこで今の基本形として置こうとしているのが「ありがとうございます、すぐ対応します」です。 前半の「ありがとうございます」は相手の配慮を受け取るための言葉、後半の「すぐ対応します」はここから先は自分が責任を引き取って動くという意思表示。 謝罪で終えず責任をこちらに戻すための形です。
この形を短くすると「ありがとう+即動く」になります。 気分を前向きにするための言葉ではなく責任の所在を曖昧にしないための型として使いたい。 状況が難しいときほど相手の配慮を受け取り、自分の次の一手に戻る。 その動きを自動で立ち上げるOSとしてしばらくこの形を運用していこうと思います。
もっとやれなければ、もっとできるようにならなければ、そう思うほど体も心も頭も固まっていく一年でした。 私は「その場で正解を出すべきだ」という前提で動いていましたが、その前提が自分の動きを止めていました。
私に必要なのは勢いではなく正しいプロセスでした。 まず起きた状況を正しく受け取り、その場で結論を急がずにいったん保留します。 次に時間を取り、何が起きたのか何を求められているのかを言語化します。 最後に言語化した内容をもとに返します。 このプロセスを踏むと自然に落ち着いて判断できることが分かりました。 言語化は正解探しではなく自分の中で腑に落とす作業でした。
コミュニケーションがうまい人はその場で正しい答えを出しているのだと思っていました。 しかし実際は場を壊さない反応でいったん受け止め、後で精度を上げているのだと気づきました。 これは相手への配慮にもなります。
私は「受け取る→言語化する→返す」をプロセスとして固定し、繰り返して自動化していきます。 OSを更新し続ければ、受け取った瞬間に場をつなぐ一言が自然に出るようになります。 来年は実装の年にします。
師匠から私が何度も立ち返るべき言葉として教えていただいたことがあります。 「主観を入れるな。ありのままの事実を出せ」です。
当たり前のように聞こえますが私はこれが一番難しいと感じていました。 報告は任務を与えた方が判断するための材料を渡す行為です。 私は評価や言い訳ではなく、判断できる形の事実を出すことが大事だと頭では分かっていました。
ところが現場では私は報告をそのまま出せなくなる瞬間がありました。 「このまま言うとまずい気がする」「怒られる気がする」。 そう感じた途端に言葉をやわらげ、角を落とし、事実に主観を混ぜてしまっていました。
特に一番きついのは与えられた任務をきちんと実行できなかったときです。 未達の事実があると後ろめたさや恐れが強くなり、隠したくなったり和らげたくなったりしました。 しかし、ここが一番危ない局面でした。 未達の事実を小さく見せた瞬間にありのままの事実ではなくなりの任務を与えた方の判断が狂ってします。 重要度を誤って捉え、手当てが遅れたり、打ち手がズレたりします。 その結果、本来なら早く収束できたはずの問題が取り返しのつかないところまで進んでしまうことがありました。
叱責を避けたい、格好悪く見られたくない、後ろめたさを減らしたい。 そうした気持ちは自然に出てくるものですが、そこで主観が入り込むと事実がぼやます。 止まっている場所が曖昧になり、対応が遅れ、その結果状況は確実に悪化します。 一番厄介なのは防御のつもりでやったことが実は仕事の邪魔になり、師匠の判断の邪魔になっていた点です。 自分を守ったつもりでも、私自身が追い詰められ、周りも追い詰めてしまう状況を作ってしまいました。
だからこそ師匠が教えてくださった「主観を入れるな。ありのままの事実を出せ」という言葉は、精神論ではなく報告という行為が機能するための要点なのだと今は思います。 次に「そのまま言うとまずい」と感じたらそこが合図です。 防御壁を立てる前にまず事実を出します。 報告の目的は自分を守ることではなく、相手が正しく判断し状況を前に進めるための材料をお渡しすることです。 結果としてそれが自分を守ってもらうことにもつながります。
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このブログは、師匠から教えていただいたことを記すものです。
師匠のブログは以下にございます、リンクから是非ご覧ください。
愉々快々(完結)、行雲流水(完結)、経営者思考塾(完結)、経営者駆け込み寺(更新中)
最近ずっと流れが悪い。やることが滞ると焦り、焦ると目の前しか見えなくなって動きが雑になる。雑になると手戻りが増え周りにも迷惑をかけて関係もこじれやすい。結果また滞る。振り返ると典型的な悪循環に入っている。
このループを強めていたのは「未完了」が残っているときの罪悪感。自分の場合、小さい用件を片付けても軽くならない。大きな塊が残っている限り、頭のどこかが緊張したままになる。だから小さな仕事を後回しにして、大きい方を先に終わらせにいっていた。けれど大きい仕事は簡単には終わらない。進まない間に未完了が増え、罪悪感で動こうとして雑になり、防御的になったり、「いい人」に寄って余計なものを引き受けたりして、またズレる。これが最近の自分。
ここまできて気づいたのは、自分が「いつか楽になる」前提で無理をしていたこと。「これを越えたら落ち着く」「これが終われば軽くなる」という感覚で無理を重ねてきた。でも今の状況ではその運転が合わない。きつい局面が続く前提で回さないと悪循環が終わらない。
だから必要なのは迷わず動ける順番を先に決めておくこと。師匠から教えていただいた「これをやったらこれ、終わったら次はこれ」という考え方を、自分の中のリズムとして定着させ、迷いなく回せる状態に寄せていきたい。きついときほど考えるほど止まるから、判断の回数を減らし次の一手が自然に出る状態に近づける。
自分に必要なのはきつい局面でも進める「線」を作ること。点で判断して止まるのではなく線で流れるリズムを型として持つ。「これをやったら次はこれ」と順番で回す。これは、きつい局面でも動けるOSに更新する、ということ。楽になるのを待たず、回る形を先に作ることが重要。