サンスイは、70年代後半にAU-DシリーズというDCアンプを引っ提げて低音キング・サンスイサウンドを確立します。
その後、1985年にAU-αシリーズが出るや空前の大ヒット作となり、1986年勃発のアンプ798戦争を制し約10年に渡りプリメインアンプ市場の40%前後というシェアを奪います。
他のメーカーはその時々で2番手を争い、ソニーやオンキョーなどはヒット商品が出た時は一瞬浮上しますが常に辛酸を味わっていました。
そんな中で、我関せずの独自路線でマイペースに商品化を進めていたのがデノンです。
そんなマイペースだったデノンが1996年に出したPMA-2000(定価10万円)というプリメインアンプが空前の大ヒットを飛ばし、これによってサンスイのシェアをどんどん奪い、あっという間にサンスイの強固な牙城を崩してしまったのです。
PMA-2000

その後もPMA-2000Ⅱ(1998年)・PMA-2000Ⅲ(2000年)・PMA-2000ⅢR(2000年)・PMA-2000Ⅳ(2002年)・PMA-2000AE(2005年)・PMA-2000SE(2009年)・PMA-2000RE(2012年)と数年単位でマイナーチューニング版をシリーズで輩出して行きます。
PMA-2000REが2012年発売ですから、実に16年の歴史を持つわけです。
その後、メジャーチューニングされたPMA-2500NE(2016年発売、定価23万円)が誕生します。
USB-DAC搭載でデジタル全盛期に対応したPMA-2500NEは、PMA-2000の後継機という位置付けよりも新たな別の系譜として捉えるべきでしょう。
つまり、PMA-2000はPMA-2000RE(2012年発売、定価18万円)が最後のバージョンということになります。
バブル崩壊後、世の中に冷たい風が吹く中でのPMA-2000の音質は実に福々しい音色でどんなジャンルもこなします。
クラシックは重厚に、ジャズやロックは軽快に、打ち込み系は刺激の無い聴きやすい音色に、そしてボーカルの生々しい表現力の豊かさはピカイチです。
またサイズも重量もミドルクラス最大級で横綱の如くどっしりとしています。
時代が変われば人々の趣向も変わるのです、その趣向の変化にいち早く気付き軌道修正した者が勝つのです。
何時の時代も同じ法則が当てはまるようです。
そしてオーディオの世界も次々と新たなメディアや技術が誕生してきます、現在の勝者が明日の勝者になるという保証はどこにもありません、現在無名のメーカーが明日の勝者になる可能性の方が高いのかもしれません。
どの業界も大変革期には必ず風雲児が誕生するのです。

熟成された/芳醇な/練りこまれたとは、特に老舗メーカーの製品の評価で使われるのを考慮すると、そのメーカーの伝統的な音と言う事を指しているのと推測する。
音に対して、熟成された音と言われても正直意味が解りません、本来はチーズやワインなどに使われる言葉なのですから。
同様に「芳醇」という言葉は、本来ワインやウイスキーなどの酒類の表現用語であり、音に対してどのような意味で使っているのかは読む人がそれぞれで勝手に想像するしかない。
こういった根拠を示す事が出来ない表現は、正直止めてほしいと願うばかりです。
※音というのは人間の耳の構造上、極めて曖昧な存在です。
その音を言葉で表現するのは更に難しいのですが、評論家諸氏の独特な言い回しが更にこれを難しいものとしている気がしてなりません。
また、正確な意味も知らずに他の評論家の表現を真似ている若い評論家もいるので、オーディオ評論家の評価を鵜呑みにするのは大変危険です。
オーディオは製品の性質もさることながら、鳴らす環境やソースによって大きく鳴り方が変わるし、感じ方はその人の趣向が強く反映されます。
評論家の多くが「~感」という言葉を使います、つまり自身の感覚であって、そこに根拠も示すべきエビデンスもありません。
オーディオ製品は、他者の評価は参考程度に聞いておいて自分の耳で確認し、自分の好きな音を探すのが一番でしょう!

粒立ちが良いとは、アンサンブルにおいて個々の楽器の音が重ならずに個別にしっかり聴き分けられるという意味で使っていると推測する。
この表現は、私にもイメージが掴みやすくて言いたい事が解る気がします。
スピーカーのユニットや、アンプの性能が悪いと本当にアンサンブルで楽器の音が重なり合ってうるさく感じる音があります。
その点、個々の楽器がそれぞれしっかりと聴こえる音は大きな音でもうるさく感じません。
粒立ちとは、ご飯を炊いた時に一粒一粒がぷっくらしてべったりしていない様に例えているのだろうと思いますが、この表現だけは良い表現だと感心します。
※音というのは人間の耳の構造上、極めて曖昧な存在です。
その音を言葉で表現するのは更に難しいのですが、評論家諸氏の独特な言い回しが更にこれを難しいものとしている気がしてなりません。
また、正確な意味も知らずに他の評論家の表現を真似ている若い評論家もいるので、オーディオ評論家の評価を鵜呑みにするのは大変危険です。
オーディオは製品の性質もさることながら、鳴らす環境やソースによって大きく鳴り方が変わるし、感じ方はその人の趣向が強く反映されます。
評論家の多くが「~感」という言葉を使います、つまり自身の感覚であって、そこに根拠も示すべきエビデンスもありません。
オーディオ製品は、他者の評価は参考程度に聞いておいて自分の耳で確認し、自分の好きな音を探すのが一番でしょう!

腰が強い/押しのあるとは、中音域が充実しており、締まった低音域の音を指して言うのだと推測する。
私も、こういった音を骨太な音と表現しているが、低中音域が締まっていると力強い音に感じる事は確かです。
こういった音はマニアの間ではカマボコ型と表しており、ジャズやロックファンには堪らない音なのです。
ベースやバスドラがはっきりと分かれて聴き取れ、そこにサックスやトランペット、ピアノやボーカルが軽快に乗り、更にはハイハットやクラッシャーの音がしっかりと前に出てくるように聴こえてくるのです。
本当に他に表現が思い付かないほど、その表現の感覚は理解できます。
私は、こんなジャズのライブハウスで聴くような音を求めてスピーカーやアンプを日夜変えまくっているのです。
※音というのは人間の耳の構造上、極めて曖昧な存在です。
その音を言葉で表現するのは更に難しいのですが、評論家諸氏の独特な言い回しが更にこれを難しいものとしている気がしてなりません。
また、正確な意味も知らずに他の評論家の表現を真似ている若い評論家もいるので、オーディオ評論家の評価を鵜呑みにするのは大変危険です。
オーディオは製品の性質もさることながら、鳴らす環境やソースによって大きく鳴り方が変わるし、感じ方はその人の趣向が強く反映されます。
評論家の多くが「~感」という言葉を使います、つまり自身の感覚であって、そこに根拠も示すべきエビデンスもありません。
オーディオ製品は、他者の評価は参考程度に聞いておいて自分の耳で確認し、自分の好きな音を探すのが一番でしょう!

臨場感とは、例えばコンサートホールやライブハウスに居るかのような気分になる音ということを言っているのだと推測する。
もしそれが本当なら、そう評価されたオーディオ機器は飛ぶように売れるはずであるが現実はそうではない。
本当の意味での臨場感を味わうのであれば、最低でも20坪(40畳)ほどの適度な響きの有る部屋で、ホーン型スコーカーとホーン型ツイーターの付いた大型スピーカーを100W以上のパワーで駆動できる高級アンプで大音量で鳴らすことです。
これは私見ですが、写真で見ると10畳ほどの吸音されたモニタールームでエントリークラスやミドルレンジのアンプやスピーカーを評価し、「臨場感溢れる」という表現が何故できるのかは大いに疑問である。
その評論家は、いったいどんなライブに行っているのでしょうか?
表現方法は個人の自由ですが、人によって感じ方があまりにも違う言葉を使うのはあまりにも感心しない。
※音というのは人間の耳の構造上、極めて曖昧な存在です。
その音を言葉で表現するのは更に難しいのですが、評論家諸氏の独特な言い回しが更にこれを難しいものとしている気がしてなりません。
また、正確な意味も知らずに他の評論家の表現を真似ている若い評論家もいるので、オーディオ評論家の評価を鵜呑みにするのは大変危険です。
オーディオは製品の性質もさることながら、鳴らす環境やソースによって大きく鳴り方が変わるし、感じ方はその人の趣向が強く反映されます。
評論家の多くが「~感」という言葉を使います、つまり自身の感覚であって、そこに根拠も示すべきエビデンスもありません。
オーディオ製品は、他者の評価は参考程度に聞いておいて自分の耳で確認し、自分の好きな音を探すのが一番でしょう!