「最後の切り札」といえば、何らかの最終局面で、一発で相手を圧倒する奥の手のようなイメージがありました。
しかし、代表は全く違います。 15年以上もご一緒させていただいていますが、代表は無数の手札を持ち、底が全く見えません。 交渉時だけではなく、日々のビジネスのあらゆる局面で、私が到底思いつかないような準備を常にされています。
代表のブログ「ワイルドカードの使い方」でも最後の切り札について触れられています。 それによると、切り札をここぞという時に使ってしまうのは普通の人であり、「何かすごいものを持っているのでは?」と相手に思わせるだけで、最後まで使わないのが本当に強い智将であるとのこと。
そして何より私が凄いと思うのは、どの手札も「自社だけでなく、相手のことまで考えて」用意されているという事実です。
以前、実質的な訴えを受けたことがありました。 相手の理不尽な主張ではありましたが、代表は柔軟、かつ冷静に対応されました。 相手の攻撃をただ跳ね返すのではなく、コンプライアンスの根本的な観点から事態を紐解き、結果として相手方の認識のズレを正し、相手自身が見直すきっかけをおつくりになりました。 相手がコンプライアンス担当だったからこその、まさに「相手のためにもなる切り札」でした。
相手が攻撃してきた際であっても、その最後の手札すら「相手のため」を思って用意されているということ。 そして、この圧倒的な手札の豊富さと、どこまでも相手の視点に立った姿勢をお持ちだからこそ、代表の周りには自然と多くの人がついてくるのだと日々感じています。
嫌われるのは良い、でも恨まれることをしてはいけない。
そして遺恨を残すことは最悪であること。
これは何度も代表に教えていただきました。
「人に嫌われること」は嫌なものですが、それから逃げることで恨まれてしまうことは避けなければなりません。
さらに、逃げ続けて未解決のまま放置することは、相手に遺恨を残します。
これは特に身近な関係でこそ起きやすいことだと思います。
相手から怒られたり、いろいろ言われるだろうなと思い、相手と話すことから逃げること、これが恨みやひいては遺恨を残すことにつながると感じています。
こうした場面から逃げずに向き合うことが、周囲からの恨みや遺恨といったマイナスな感情の流れを絶ち、自身に良い流れを作り出す一番の根本かもしれません。
一時の感情から逃げ出すことで、将来の不利益を自ら生む。
自身にとっても耳が痛い話ではありますが、こういったことをひとつひとつクリアにしていくことが大変重要だと感じています。
学びの些事-1
成長するためには人と同じことをしない。
他人と同じことを考えて実行しているだけでは競争原理に押しつぶされてしまいます。
そこは資金力の勝負となってしまいます。
資金力は事業を成長させるには必須ではありますが、それをどこに集中させるのかによって大きく変わってきます。
特に5年後、10年後を見据えて正確にイメージし、他者が投資していない領域で優位性を強く打ち出すことが重要になってきます。
代表はそれを常に実践されてきました。
よく教えていただくことに、常に先をイメージしろ、今のテーブル上に無いものを考えろ、というものがあります。
今あるものだけで考えてしまうと思考が狭まってしまいますし、それこそ10年後にどうなるべきかというものが見えていなければ、「今のテーブルにないが準備すべきもの」が全く見えてきません。
これらはできる人とできない人がいるようです。
であるならば、できる人に教えを乞い、それを実践していくことこそ成長への近道になります。
勝者の成功思考
最近業務が滞り、仕事が溜まり、ミスも続いていました。 指摘を受けると「すみません」しか出てこない状態になっていました。
その様子を見て師匠から「『すみません』は『ありがとうございます』に置換できる」「本当に『すみません』を言っている間は脳の回復が起きず、新しい思考ができない」という趣旨の言葉をいただきました。
ここで自分の中ではっきりしたのは「すみません」という言葉の是非ではなく責任の置き方でした。 すみませんは責任を相手に残す言葉でした。 謝って終えることでその先の判断や確認を相手に委ねたままにし、自分が引き取るべき作業を宙に残していました。 結果として相手がフォローや判断を背負せ、こちらは「謝った」という動作だけで止まっていたのだと思います。
もう一つは「すみません」と「ありがとうございます」が自分の中で同居していなかった点です。 申し訳なさが立ち上がると視野が自分側に寄り、相手が指摘に至るまでに使った思考や時間が見えにくくなっていました。 感謝にたどり着けない状態でした。
そこで今の基本形として置こうとしているのが「ありがとうございます、すぐ対応します」です。 前半の「ありがとうございます」は相手の配慮を受け取るための言葉、後半の「すぐ対応します」はここから先は自分が責任を引き取って動くという意思表示。 謝罪で終えず責任をこちらに戻すための形です。
この形を短くすると「ありがとう+即動く」になります。 気分を前向きにするための言葉ではなく責任の所在を曖昧にしないための型として使いたい。 状況が難しいときほど相手の配慮を受け取り、自分の次の一手に戻る。 その動きを自動で立ち上げるOSとしてしばらくこの形を運用していこうと思います。
師匠から私が何度も立ち返るべき言葉として教えていただいたことがあります。 「主観を入れるな。ありのままの事実を出せ」です。
当たり前のように聞こえますが私はこれが一番難しいと感じていました。 報告は任務を与えた方が判断するための材料を渡す行為です。 私は評価や言い訳ではなく、判断できる形の事実を出すことが大事だと頭では分かっていました。
ところが現場では私は報告をそのまま出せなくなる瞬間がありました。 「このまま言うとまずい気がする」「怒られる気がする」。 そう感じた途端に言葉をやわらげ、角を落とし、事実に主観を混ぜてしまっていました。
特に一番きついのは与えられた任務をきちんと実行できなかったときです。 未達の事実があると後ろめたさや恐れが強くなり、隠したくなったり和らげたくなったりしました。 しかし、ここが一番危ない局面でした。 未達の事実を小さく見せた瞬間にありのままの事実ではなくなりの任務を与えた方の判断が狂ってします。 重要度を誤って捉え、手当てが遅れたり、打ち手がズレたりします。 その結果、本来なら早く収束できたはずの問題が取り返しのつかないところまで進んでしまうことがありました。
叱責を避けたい、格好悪く見られたくない、後ろめたさを減らしたい。 そうした気持ちは自然に出てくるものですが、そこで主観が入り込むと事実がぼやます。 止まっている場所が曖昧になり、対応が遅れ、その結果状況は確実に悪化します。 一番厄介なのは防御のつもりでやったことが実は仕事の邪魔になり、師匠の判断の邪魔になっていた点です。 自分を守ったつもりでも、私自身が追い詰められ、周りも追い詰めてしまう状況を作ってしまいました。
だからこそ師匠が教えてくださった「主観を入れるな。ありのままの事実を出せ」という言葉は、精神論ではなく報告という行為が機能するための要点なのだと今は思います。 次に「そのまま言うとまずい」と感じたらそこが合図です。 防御壁を立てる前にまず事実を出します。 報告の目的は自分を守ることではなく、相手が正しく判断し状況を前に進めるための材料をお渡しすることです。 結果としてそれが自分を守ってもらうことにもつながります。
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このブログは、師匠から教えていただいたことを記すものです。
師匠のブログは以下にございます、リンクから是非ご覧ください。
愉々快々(完結)、行雲流水(完結)、経営者思考塾(完結)、経営者駆け込み寺(更新中)