もっとやれなければ、もっとできるようにならなければ、そう思うほど体も心も頭も固まっていく一年でした。 私は「その場で正解を出すべきだ」という前提で動いていましたが、その前提が自分の動きを止めていました。
私に必要なのは勢いではなく正しいプロセスでした。 まず起きた状況を正しく受け取り、その場で結論を急がずにいったん保留します。 次に時間を取り、何が起きたのか何を求められているのかを言語化します。 最後に言語化した内容をもとに返します。 このプロセスを踏むと自然に落ち着いて判断できることが分かりました。 言語化は正解探しではなく自分の中で腑に落とす作業でした。
コミュニケーションがうまい人はその場で正しい答えを出しているのだと思っていました。 しかし実際は場を壊さない反応でいったん受け止め、後で精度を上げているのだと気づきました。 これは相手への配慮にもなります。
私は「受け取る→言語化する→返す」をプロセスとして固定し、繰り返して自動化していきます。 OSを更新し続ければ、受け取った瞬間に場をつなぐ一言が自然に出るようになります。 来年は実装の年にします。
最近ずっと流れが悪い。やることが滞ると焦り、焦ると目の前しか見えなくなって動きが雑になる。雑になると手戻りが増え周りにも迷惑をかけて関係もこじれやすい。結果また滞る。振り返ると典型的な悪循環に入っている。
このループを強めていたのは「未完了」が残っているときの罪悪感。自分の場合、小さい用件を片付けても軽くならない。大きな塊が残っている限り、頭のどこかが緊張したままになる。だから小さな仕事を後回しにして、大きい方を先に終わらせにいっていた。けれど大きい仕事は簡単には終わらない。進まない間に未完了が増え、罪悪感で動こうとして雑になり、防御的になったり、「いい人」に寄って余計なものを引き受けたりして、またズレる。これが最近の自分。
ここまできて気づいたのは、自分が「いつか楽になる」前提で無理をしていたこと。「これを越えたら落ち着く」「これが終われば軽くなる」という感覚で無理を重ねてきた。でも今の状況ではその運転が合わない。きつい局面が続く前提で回さないと悪循環が終わらない。
だから必要なのは迷わず動ける順番を先に決めておくこと。師匠から教えていただいた「これをやったらこれ、終わったら次はこれ」という考え方を、自分の中のリズムとして定着させ、迷いなく回せる状態に寄せていきたい。きついときほど考えるほど止まるから、判断の回数を減らし次の一手が自然に出る状態に近づける。
自分に必要なのはきつい局面でも進める「線」を作ること。点で判断して止まるのではなく線で流れるリズムを型として持つ。「これをやったら次はこれ」と順番で回す。これは、きつい局面でも動けるOSに更新する、ということ。楽になるのを待たず、回る形を先に作ることが重要。
人生のツケは必ず回ってきます。
それはある日突然の出来事としてではなく、「自分の癖」の積み重ねとして現れ、今の自分の足を引っ張ります。
先送りする癖。やりかけで放置する癖。自分との約束を平気で破る癖。
これらを長年放置してきたツケが、今の自分に返ってきています。
十五年前、師匠から「毎日ブログを書け。アウトプットしろ」と教えていただきました。
それでも私は忙しさや言い訳を盾にして他のことを優先し続けていました。
やらなかった日が積み重なり、「先送りしてもまあいいか」という癖が自分の中にすっかり染みついてしまっていました。
最近になって、「ブログを書けば仕事は今の10倍速くなる」と改めて師匠から教えていただきました。
実際、師匠自身は毎日のアウトプットで思考の整理と判断のスピードを上げてこられた方です。
その言葉とともに再び強くご指摘いただき、ようやくそれがこれまでのツケなのだと自覚しました。
思い直し、学び直すために、今はブログを毎日必ず更新しています。
その中で一つだけはっきりと気づいたことがあります。
今日「これをやる」と決めたことを、その日のうちに必ず終わらせること。
それを続けることで、自分の中にリズムが少しずつ生まれてきていると感じています。
師匠から教えていただいた「ルーティーンをこなすことで自身の流れを作る」という言葉の意味が、ようやく腑に落ち始めています。
「必ず終わらせる」という行為は、長年染みついた悪い癖を少しずつ矯正していく作業なのだと思います。
その小さな積み重ねこそがツケの返し方も自分の癖も変えていく一番の方法だと、師匠とのこれまでの経験から実感しています。
今日必ず一つ終わらせることを続けます。
自身の癖を矯正することが仕事のスピードを上げ、皆の時間を無駄にしないことにもつながり、さらに自分の覚悟を育てていく手段だと、師匠からの教えを通して感じています。