「晴天の霹靂(へきれき)」とは予想外の事が突如起こるという意味の言葉です、自分が正しいと疑いもなく信じていた事がある日を境に結果的に人を騙し多くの人を傷つけてしまったという事件を時々耳にします。
例えばある会社に魅力を感じて就職をします、その会社の社長は非常に人間味もありいろいろなことを知っています、その会社のやっていることは最先端のサービス業であり、それによって人が喜んでくれるというまさに自分の理想郷だと思っていた・・・、そして今まで以上にその会社で頑張り辛いときも正義感に燃え社長と共に夢を語り合ってきた・・・。
ところが会社で行っていたインターネットを活用した商法が突然違法(出資法違反)であると摘発され、顧客からはクレームの嵐で今まで正義感があると信じて疑いも無かった社長が社員を置いて早々と夜逃げ、そして会社の残余資産は差し押さえられ家族と共に路頭に迷う・・・、更に今まで仲の良かった顧客からは「詐欺」呼ばわれされ弁護士会が発足し賠償請求が社員等に浴びせかけられた・・・、これは過去私の知人に実際に起きた事実です。
私は常日頃その知人には「会社のやってることも社長の考えも何かおかしいんじゃないのか?」と言ってきたのです、でも彼は聴く耳を一切持ちませんでした、逆に私が悪者扱いされまずい酒の席になったことも何度もありました。
人を信じることは悪いことではありません、むしろ好ましいことです、ただし人を見る目を持ち真実を見抜くことが出来なければ例え自分が正義に燃えていたとしてもこういうケースに巻き込まれる可能性が充分にあるということを理解するべきです。
食品偽装で摘発された会社などの社員もきっと同じことではないでしょうか、また違法ではありませんが結果的に事業が破綻し多くの被害者を出したリーマン・ブラザースの社員なども同様といえます。
人は意味の無い時間もお金も使ってはくれないのです、もしそういうことがあるのなら何かを真剣に伝えたいということです。
その知人はその後極度の人間不信に陥り行方知れずになってしまいました、時代が変わり価値観が変われば白が黒に変わるのです、あなたの正義が最悪の犯罪に変わらないとは誰にも断言できません。
時代の変化とはそういうものなのです、何事も冷静に真実を見極める能力を身につけることが肝要です、そもそも真実を追求しようとしない人に「正義」を語ってほしくはないと思います。
「何度も言っておいたので伝わっているはずだ」と言う人がいます、ところがいざ蓋を開けてみるとその期待していたはずの人が予想だにしない期待はずれな行動をすることがあります。
上司の「言って聞かせる」はだいたいが部下には通じていません、部下からすれば「上司が何か言っていたな」ぐらいの気持ちでしかないのでしょう、したがって上司が「期待したとおりの働き」は全くといっていいほどできるはずもないのです。
賢い上司とは、「部下が自ら状況を理解し動くように促す」ことを念頭に教育する人です、自ら状況を理解させるためには「今、何を優先すべきか」を教えていかなくてはなりません、それは口頭で教えるのではなく身体に染み込ませなくてはなりません、つまり失敗も含めた経験を通して理解してもらう必要があるのです。
そして口頭で教えるときには状況を具体的に想像できるよう例えや過去の実例を通して幾つかのシミュレーションを提示することが重要です、セブン・アンド・アイホールディングスの鈴木会長は いくら叱り飛ばしてもお店の清掃をしない店長に状況を理解してもらうため薄暗くて汚い店舗に無言で連れて行ったそうです、そこで「お前はこの店を見て買いたいと思うか?」と一言聞いたそうです。
人が自ら動くようになるためには 「具体的に見えるもの、自分で理解できるもの」を目の前に示して 自らが判断できるような状況を作ってやることが肝要なのです、これが生きた教育というものです。
ただし何をしても情けをかけても通じない人は何処にでもいます、厳しいようですが教育する時間と労力が無駄というものです、自ら離れて行くように誘導してあげるのも愛情だと思います、それが双方にとってベストな方法なのです。
売れる作家などは一時期に次々と作品を出してはそのほとんどがヒット作となるのですがピタッと作品が出なくなるときがあります、これがその人の才能の臨界点ということになります、つまり自身の中に培ってきたイメージも含めて蓄えてきたデータを出し切った結果であり私は「才能の枯化現象」と呼んでいます。
ブロガーも同じことがいえます、一時期爆発的に発信していたかと思ったらピタッと発信しなくなる人がいます、おそらく貯め込んできた発想やノウハウを全て出しきってしまったのかもしれません。
ここで思うのですが、どんな業界においても大きなヒットは出さなくも継続してコンスタントにコンテンツを出し続けている人もいます、このような人は臨界点を知らない人であり常に進化と成長し続けている人と言えます。
どちらが凄いとかいう問題ではなく個性の問題だと思います、「太く短く」か「細く長くか」、何れにしても人間の能力にはリミットというものが存在します。
時々どんな業界においてもモンスターと呼ばれる人が存在しています、この人は「太く長く」を継続できる人です、どのようにしたらそれが可能になるのか本人でさえ解らないのかもしれません、私が考えるにきっとその人は人生に対する使命感が強いのではないでしょうか、そんな感じがしてなりません。
起業して売上を上げるためには商品やサービスが売れることが必要です、ところが「売上」とは自分ではコントロールできないものの一つでもあります、当然のこと お客様がいて商品やサービスを買っていただいて初めて「売上」になるからです。
ではどのようにすれば「売れる」のでしょうか、答えは簡単でその商品に「ニーズ」が有れば売れて無ければ売れないということです、ここで重要なポイントは「市場(マーケット)」と「シェア」という考え方です、「市場(マーケット)」はその商品の関連する業種全体の経済規模で、 「シェア」とは市場に占める自社のその商品やサービスの経済規模の割合です。
その商品やサービスが位置している「市場」の規模はどれぐらいで自社は何%の「シェア」を持っているのでしょうか、この2つの問いにズバリ答えられなければ 自身の商品やサービスの売り上げ予測を立てることができずに計画など絵に描いた餅となります、正確な状況を分析し売上予測を立てることで始めて今後の経済活動を計画していけるのです。
自分の会社が市場のどの辺に位置しているのか正確に把握できていますか、まずは客観的に見て自分がどこにいるかを把握することが肝要です、正確な情報を手に入れて分析し計画する、これでようやく最終的に自分はどこへ行きたいのかを見定めることが可能になります、そして結果的に経営方針が決まってくるのです。
闇雲にただ多くの人と会いその場限りの利益活動に翻弄する、これでは経営とは言えません、経営とは99%はテクニックで決まるのです、各種のテクニックを学ばずして場当たり的な行動を繰り返していては自身の目的さえ見失ってしまうのは当然です。
セミナーやワークショップへの動員はできてもメインメニューへの契約になかなか結びつかないというケースをよく見かけます、ところで何故見込み客止まりになってしまうのでしょうか?
この要因を正確に分析できなければこの先何をやっても同じことが繰り返されます、ここで重要な事を忘れてはいけません、それは何の目的のセミナーでありワークショップなのかということです。
セミナーやワークショップだけで利益が上がるビジネススキームなら問題ありません、しかし見込み客獲得の目的であった場合には「成約率」が重要になります。
例えばセミナーに来てくれた人が100人いて本来のメニューの成約者がゼロなら成約率はゼロです、逆にセミナーに来てくれた人がたったの3人でも本来のメニューへの成約者が全員なら成約率は100%になります。
100人のセミナー収益に比べて多くの場合にたった1人のメインメニューの収益の方がはるかに高いと思います、つまり後者の方が売り上げだけでなくコストも軽減されて利益率が高くなります。
セミナーやワークショップが見込み客獲得が目的だとしたら重要なのは参加した人の数ではありません、それは本来のメインメニューを成約してくれる人かどうかという質の問題です、つまり「集める人を間違ってませんか?」ということなのです。
また集客の数を誇るような見栄張りな人は本来のビジネスを見失うことになります、当然ターゲットを絞るのですから募集そのものも限定した人に対してのみ行われなくてはなりません、したがって来る人も少人数になって当たり前なのです、見込み客は数の勝負ではありません、絞り込んだうえでの質で勝負すべきなのです。