会話や文章などで発する特徴的な言葉にはその人を理解する目的において大きな意味があります、人は記憶や思考に無い言葉を発することはできません、更には発するという行為は確実にその言葉を意識しています。
つまりその言葉を発するのは何らかのその言葉に関連した情報が記憶され更には思考しているのです、文章にしても同じことです、同じ事を表すのに人によって使う言葉が違うのは実に興味深い事実です。
また言葉はその人の考えの陰陽どちらかの状況を確実に表しています、例えば「人間関係」という言葉をよく使う人は「人間関係が重要」という意識の裏で「人間はある意味で怖い」を同時に意識している可能性が高いです。
同じように「心」という言葉をよく使う人は「思いやりや人を気遣う重要性」を意識している裏で「どこかで愛情を欲している」可能性が極めて高いと言えます、加えて言うと元気な人は「元気です!」とあえて言いません、だから「元気です!」と発する本当の意味は「元気になりたい」、もしくは「現在落ち込んでいる」状況なのです。
心が正常であれば心に関する状況を示す言葉は意識しないものです、意識するということ自体が意識せざるを得ない心の状況にあるということになります。
またSNSなどオープンな場所で他者に対して向けた言葉は確実に今の自分や自分の置かれた状況に向けられています、言葉を拾ってその人の状況を推測すれば人は隠し事はできないのです。
聞く人が聞けば、読む人が読めば、心の状況の全てが丸見えとなってしまいます、現在の精神状態を他者に察しられたくなければ冷静になるまでは何も発しないことです、無理に隠そうとすればそれもまた特徴的な言葉となって表れるのですから。
私は数年間で10社以上も事業再編成の目的で会社を誕生させたことがあります、代表を務める企業創設は過去20社以上となります、そして全ての会社が存続しています、つまり過去1社も倒産させていないのです。
40年間という経営歴には倒産の危機は幾度もありました、しかしその度にいろいろな経験を積み経営と再興手法を学び、時には一時避難的に上場企業の力を借りて再興を果たしてきました。
経営に行き詰まった経営者に対して周囲は「倒産させて再起させた方が早い」と必ず口を揃えたかのように言います、でも私は昔から「企業は人と同じだ、何故なら企業を法人と言うのだから」と言ってはどんな状況であろうと存続させる方法を熟考してきました。
再生は確かに大変な割には利益の保証もありません、また休む暇もなくあらゆる手を尽くさなくてはなりません、しかも常に時間との勝負で精神的にもかなり厳しいです、肉体的にも精神的にも倒産させた方が良いと誰しも考えるでしょう。
でも自分の子供とも思える会社が自分の目の前で倒れていく姿を平然と見ていられるでしょうか、私にはそこまで非情にはなれません、どんなに費用がかかろうがどんなに時間がかかろうが自身の手で創設した会社は必ず守りとおしたい、それが経営者の最大の務めでもあると思います。
そして「40年間一度も倒産させていない」、これが私の経営者としての誇りです、もしも存続させる意味が無くなった会社であるなら債権債務をゼロにして解散登記するのが経営者の責務として正しいと思います。
「群集心理」という行動心理があります、特にその中で私が極めて奇異な現象として心に残るのが先の東北大震災での「自粛」という社会現象でした。
まずテレビのコマーシャルが一斉に姿を消し、不夜城と呼ばれる都会の繁華街も火が消えたように真っ暗闇に包まれました、それが数ヶ月間にも続きました、これが奇異な現象でなくていったい何んと表現すればよいのでしょうか。
確かに被害の規模や被災者のことを思えば当然だと思います、しかし本来の「自粛」とはあくまでも自身の心の置き場による主体的な行動であるはずなのです、当時は個々の判断ではなくて「みんなと同じようにしなければならない」という一種の強迫観念に似た空気感が蔓延していたようにも感じました、これが私に実に違和感を与えた事実です。
これは何も大規模な災害だけの話ではありません、例えばイジメの世界もおそらくイジメる側の「そうしなければならない」という空気感が蔓延し正常な判断を狂わせている可能性があります、また株や先物などにも市場マインドという厄介なファンダメンタルズが存在します、特に大きな要因は何も無いのに突如として乱高下し市場にパニック現象を齎してしまいます。
昆虫や動物にも群体変異や集団自殺といった奇異な現象が見られます、いったい神様はどんなDNAを我々地球上の生命体に組み込んだのでしょうか、空気感による「群衆心理」ほど読めない行動はありません、経営者は少なくても群衆の行動ではなく自身の五感で行動判断を行うことが肝要です。
逆に言えばこの群集心理を上手く活用した者は市場を作りヒットを生みだしているということなのかもしれません、それが一つの成功法則でもあるのです。
景気動向は別にして経営環境のこれからはどんな時代になるのでしょうか、この10年間のトレンドや政府の動きなどを読むと現在そして数年先までのトレンドが見えてきます。
大きな流れとしては1円起業時代がもたらした起業ブームは間違いなく収束に向かっていきます、これまでは政府の起業支援策や女性就業支援策での後押しに加えて「女性の自立化現象」があらゆるシーンで顕著に表れていました。
就業人口の増加は政府の長年の課題でもあり今後も支援策は継続される可能性は残るものの大きな動きはないと思います、ただ「個の時代」も並行してトレンドになっていることから社員ゼロもしくは数名の個人事業主的企業が日本に溢れかえることになります、そして起業ブームは今後一気に終焉に向かっていくでしょう、時代の流れとはそういうものなのです。
この結果として見えてくる現象は「二極分化」というキーワードです、つまり日本は大企業と個人企業という極端な組織に集約され中間の企業はどちらかに淘汰されることになります、それを裏付けるようにこの10年間の倒産企業のほとんどが10名から100名以下の所謂中小企業です、更にこの数年は10名以下という小企業の企業倒産が顕著となってきています。
総合すると、ここしばらくの間のビジネストレンドのキーワードは「女性の時代」、「個の時代」、そして「二極分化の時代」ということになります、これをどう感じてどう自身のビジネスに活かしていけるか、そこが大きく成功する者と成功しない者を分けることになります、これがまた「二極分化の時代」ということでもあります。
ただ成功者は更にその先を読んでの行動を今から起こします、起業ブームが去り女性や個の時代が去った後にいったいどんな時代がくるのでしょうか、その種は既にこの世に生まれています、ただそれに誰も気付いていないだけなのです、そして既に感じ取って動き出している人は確かにこの世に存在しています。
漢字というのは実によくできていると思うことがあります、例えば「人の為にと書いて偽(いつわり)」、「人の夢と書いて儚(はかない)」など深い意味に驚かされます。
ところで「新」という字は何から来ているのかというと「辛」と「木」と「斤」という字から成っていることに気が付きます、この意味するものは「苦労を重ねて育てた木を切り別の物に作りかえること」を指しています、ビジネスでいう「新規事業」も新しい事を考えるのもよいのですが漢字の意味するものに照らし合わせて考えてみる必要があります。
多くの人は事業の成長に関しては時間と労力と費用を使います、しかし重要なのはビジネスは事業を育てることではありません、ビジネスは利益を上げなければ趣味と同じです。
育てること以上に捨てることなく活かしてお金に換えることに思考を凝らさなくてはならないのです、ビジネスの基本は今も昔もリソース(人・モノ・金)を基に知恵を使って更に大きなお金に替えることです。
決して商品やサービスもしくはスキームを造ることではありません、作ったものをお金に変えなければビジネスとは言えません、ビジネスの基本に戻れば今何を思考し行動しなくてはいけないのかが見えてくると思います。