ところで、真の健康法とは何でしょう?
30年ほど前に大病を患い内臓の幾つかを切除し、それ以来あらゆる病気と健康に関する情報を得て、更にはこの数年間の食と飲食事業を通して多くの知識と研究実験による活きた学びを得てきました。
その数多い学びの中でも大きいのが、身体の内側とも言える内臓や精神疾患、そして身体の外側とも言える目に見える皮膚疾患、これらと極めて因果関係にあるのが食と生活環境だということに行きついたことです。
そして、その食と生活環境は固定した概念で語れるものではなく、その人の個性に合わせたベストな方法を選ぶ必要があるということです。
世に存在する健康法とは、ある人にとっては最適ですが、ある人にとっては最悪という逆効果のこともあるのです、これに気付いたことは今後このテーマを研究していく大きなヒントになりました。
では、究極の健康法とはいったい何でしょう?
各種の研究で解ってきたことは、まずはストレスフリーの生活をすることです。
つまり自分に無理しないこと、やりたくないことをやらないということです、そして楽しいと思う事だけをやっていくことです、ここに個性が大きく関与してきます。
私は研究開発や事業構築などの時期は特にワクワクしますし、心から楽しいと思い寝食忘れても生きている限りやり続けたいと思います。
でも、事業構築後の日常的なルーティング業務やビジネスに絡む人間関係はもの凄いストレスを感じる事があります。
一緒に楽しく飲み食いできる、身内感覚の人とだけビジネスできればどんなに幸せなのかとさえ思います。
だからストレスを感じる要素のあるビジネス実務からは早々に隠居したいと思うのです、そして日々付き合うのは狭い範囲のストレスの感じない人だけにしたいのです。
面白い事に私は人は大好きです、でも同時に人は大嫌いな対象でもあるのです。
もう一つは食事、これも大きく個性が関与している事が解りました、つまり人によっては健康になる食材でも人によっては不健康になる食材があるということです。
重要なのはその食材そのものではありません、その人の代謝機能と免疫力のバランスにあります。
究極を言うと、人は自身の身体が欲している栄養素は美味しいと感じ欲してない栄養素は不味いと感じるということです、身体は嘘をつかないのです。
ただ、ここで気を付けないといけないことは食べ過ぎです、その人の身体にどんなに良いものても食べ過ぎはどんな食材においても良いことはありません。
この食べ過ぎという現象は正常な状態では起きません、これが一つの精神的要因でもあります、先述のストレスフリーで精神的に安定していれば食べ過ぎという現象は起きません。
健康は本当に多岐に渡る知識が不可欠で簡単に語ることなどできるはずもありません、何故なら対象の人の個性が解らないからです、自身の身体は自身がよく知っています。
それでも精神疾患や皮膚疾患は起こります。
ここで重要なのが経済的な要素が加わってくるということです、つまり自身の身体に良いものだけを食べて、ストレスが無い暮らしで生活していけるお金が有るかという究極の問題にぶち当たります。
ある医療ジャーナリストは、「健康はお金で買える」というけだし名言を言いました、これはある意味では正確な指摘だと思います。
さて、日常的に行える健康法、この大きなヒントは100歳以上の人のアンケート調査に見出せます。
共通して言えるのが「毎日楽しく過ごして美味しくご飯を頂いている」というもの、つまりこれが先述した2つの項目そのものなのです。
食事は食べたい時に食べたい物を食べたいだけ食べるのだそうです、そしてしたい事を毎日心から愉しんで行っているのです。
ある人は農作業が楽しいと言い、ある人はゲートボールにカラオケに皆と飲むことが楽しいと言います、つまりその人が楽しいと感じることを素直に何時でも行えることです。
食事も生活も自分に正直に生きること、これが究極の健康法なのではないでしょうか?
だから他者から教えられてする事ではないのです、自身で心から美味しいと感じるものを食べたいと思うときに食べて、心から愉しめることを自ら自由に行えることが重要なのです。
これをできるだけ早期に自身で探し出すこと、それを早期に実践すること、更には無理なく可能とする経済力を得ることです。
自然体で生きるってそういう事ではないでしょうか?
それができれば幸福感でいっぱいになります。
そこには、他者動向情報や健康情報などは皆無です、自分だけの理想の世界が広がります、まさに現世での天国です。
きっと、これが究極の健康法なのです。