2024年10月 7日 08:00
火の話し-2
紀元前5世紀になると、中国やギリシャでは「火」は一つの化学元素ではないかと考えられるようになりました。
例えば中国では「五行思想」によって、ギリシャではエンペドクレスやアリストテレスが「4大元素思想」に「火」を組み入れています。
更に歴史は進み、18世紀には、カントを代表とする多くの思想家によって「火」は無数の原子として存在し、燃えるという現象はこの原子の移動によって発生すると考えられました。
これらは、現代では酸素との結合による「燃焼」という化学反応の一つで「火」の原子は存在しないことははっきりと解っていますが、原子の移動という点においては「燃焼」の科学そのものであり、まったくのでたらめだとは言えないものだと思います。
また「火」は神聖なものとして古くから人類に崇められてきました。
一つは世界同時多発的に発生した「太陽神」、太陽はまさに「火」の神様なのです、その片鱗としての「火」はオリンピックでは必ずギリシャにおいて太陽光からレンズを使って点火し、その後絶やさずに点火台までリレーによって運ばれます。
日本でも各地に火祭りの行事が存在しますし、お盆での迎え火や送り火など火を神聖なものとして崇める国や地域は多く存在しています。
このように、人類と火は人類発祥以来密接な関係に有ったのです。
ここで、一つ誤解のないように申し上げておくと、実は太陽は燃えている「火」ではありません。
これは核反応によって引き起こされる激しい熱と光であり、物が燃えているという「火」とは化学的には一線を引いて考えられています。
つまり、厳密に言うと「太陽=火」と言うことは科学的には大きな疑問が残ります。