2022年8月 1日 02:00
突然ですが、「道楽」とは「本業以外の好きな事にふけること」と辞書にあります。
考えてみれば、私は本業も心から愉しめない状況になれば即座に撤退し興味を引かれる新しき事をやり始めてしまいます、その意味では私の人生そのものが「道楽人生」に集約されるかもしれません。
子供のころからミニカーや怪獣グッズを初め興味のあるもの全てをコレクションし、顕微鏡や望遠鏡でミクロやマクロの別世界を覗き、真空管を使ったラジオやアンプを作っていました。
本格的に道楽として没頭したのは大学時代に始まったオーディオです、また合わせてジャズのレコードコレクションもアルバイトで稼いだ全財産を投入して狂ったように集めまくりました。
当時は、オーディオとレコードに費やすお金が欲しくて春夏秋冬の長期休暇全てを遊びにも行かずにアルバイトに充てたのです。
そんな私が社会人になると、オーディオ道楽と並行してスコッチウイスキーやリキュールに興味を持ち始めます、そしてシングルモルトコレクションをしながら連日連夜のバー通い、日本で買えるアルコール類のほぼ全てを飲んでは納得したものです。
30歳代になると一転今度はアウトドアと釣りにはまり、週末は河原や海辺でバーベキューをし、ときには釣船を1日貸切っては社員と海釣りを愉しみました。
40歳代にはサイドビジネスを行うようになり、サイドビジネス用の会社を設立しショットバーやダイニングバーを3店舗運営しました、更には熱帯魚レンタル・子供向けパソコン教室・天然素材の肌着販売などのサイドビジネスを複数同時並行で行いました。
その後、人生の転換期が訪れそれまでのサイドビジネス全てをそれぞれの従業員に無償譲渡して、今度は有り余った時間を使って陰陽五行を応用した学問の確立と研究に没頭します。
考えてみると、私はどうも生業の本業とは別に常に何かをやっていないと落ち着かないようです、きっといろんな意味での精神的バランスを保とうとしているようにも思えます。
いろんな事をやってはノウハウを得て納得してきました、それでもアンティーク家具やオーディオショップ、更には農業に畜産業に養殖業とやりたいと思っていた事業でやり残した事は山ほどあります。
加えて最近は食と健康や加工食材に意識が向っています、いったい私はどれ程の道楽を愉しみ新たな事業を興せば満足するのでしょうか?
きっと、生きている間は常に新たな事を次々とやっていく気がします、それも何かを終わらせてから始めるのではなく新たに生まれる新規事を並行してですから大変です。
でもね、辛さも悩みも愉しみも生きている間だけなのです、やりたい事は全てどんなに大変で辛くても納得するまで徹底的にやってみる、私は人生に納得しないうちはあの世には気持よく逝けないと思うのです。
きっと私にとって「道楽は長寿の薬」なのです、道楽に没頭できている間は生業の経営と共に心身が元気だというバロメーターなのです。
そして常に思うことがあります、それは生きていく為に無関係な知識、そしてそれを得る為の労力と時間、これを生業に没頭し換算すればどれほどのお金を散財してきたのでしょうか?
そして私は思うのです、それが好きなようにできているからこその生業に活力が生まれるんだと、生きる為に食べるような行為は私にはとうてい耐えられません、やりたいことをするために健康で長生きして毎日美味しく食事をしたいのです。
「食べる」と「食事」は大違い、私は食べる行為は面倒に思えても食事をすることは好きなのです。
生きてく為に不要な事項にこそ私は生きる価値を見い出しています、生きていく為だけの生業ならそれは強いられた労働という代物です、そんな人生に私は喜びも幸福も感じられません。
道楽こそ私の人生そのものなのです、初めての食材は取りあえず買ってみる、海外に行けば珍しい料理は全て食べてみる、手に入るアルコール類は全部飲んでみる、気になったものは買って試してみるのです。
生きていく為に不要なものに価値を見い出しては更に工夫して愉しむのです、生きている間に生身の人間でしかできない事を全部やってみるのです。
ここにお金や時間がもったいないという意識は皆無です、そもそもお金は好きな事をやる為の媒体であってそれ以外の価値を見い出していないのですから。
どんなことも気になればやってみるのです、何故なら理由が有って私は人間に生まれてきたと思うからです、生まれてきた理由を知りたくて子供の頃からずっと探し求めているのです。
「明日はどんな心奪われるものに出会えるのかな?」、そう思って寝ると自然に暗いうちから目が覚めてしまうのです。